記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)意識ファースト!意識がよければ何でもOK。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※基本殴り書きで校正しておりませんのであしからず(というよりいい感じで汲み取ってください)著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

みなさん、ゴール設定しましょう。でっかり夢にコミットしよう。そうすれば日々のいろんなことが些細なことに見えてきて惑わされずにいきいきと大きなゴールに向かっていけます。

ここでは未来の記憶を作り、ゴールに臨場感を持つ方法を苫米地さんの本から紹介します。



この本は私が苫米地さんの本を10冊程度読んだ中では一番体系的にコーチングについて述べられています。

未来 の 記憶 とは 何 かと 言え ば、 ゴール の 世界 の 記憶 です。   そこで、 ゴール を 達成 し た セルフ・イメージ の 記憶 を、 自分 の 過去 の 記憶 を 合成 し て つくり ます。 そう する と、 リアリティー が 増し ます。 もちろん、 少なくとも 物理的 な リアリティー と 同じ ところ までは、 リアリティー が 出 て くる こと に なる の です。   後 は、 それ を 何度 も 繰り返し、 同時に 高い セルフ・エスティーム を 築い て いく こと によって、 未来 の 記憶 の 方 が 目 の 前 の 現在 の 記憶 よりもより 臨場感 の 強い もの に なれなれ ば、 ゴール が 達成 さ れる、 という こと に なる わけ です。


では、この未来の記憶を定着させるのはどうすべきか?


ルー・タイス・プリンシプル では、 ワーズ、 ピクチャー、 エモーション の 相互作用 を 重視 し ます。   〜 自分 の 過去 の 情動 体験 を 語る と、 その 時 の 情動 が まるで 同じ こと を もう 1 度 体験 する かの よう に 呼び覚まさ れ ます。   言葉 は 必ず イメージ を 想起 さ せ、 イメージ は 必ず 情動 を 引っ張り 出す から です。 それ が、 言葉 が 本来 持っ て いる 強 さ です。   言葉 の イメージ 喚起 力 を 利用 する 最も 有効 な 方法 は、 アファメーション です。 自分 で それ を 書い て、 毎日、 読む こと です。 短期 的 な 視点 から 見れ ば、 アファメーション は 望ん で いる 結果 に 直結 し た 行動 を とる ため の ツール と いえ ます。

言葉、イメージ、情動を組み合わせて未来の記憶を作るのです。

さらに次のようにその具体的な内容が言われれいます。

人生 の いろいろ な 方向性 に対して、 まんべんなく ゴール を 設定 する という こと です。


まんべんなくとは以下のような項目を検討することです。

■バランスホイール
  • 家族
  • 健康
  • 先進的な健康
  • 社会性
  • キャリア
  • 老後
  • 結婚
  • 教育
  • コミュニティ・サービス
  • お金
  • 時間
  • 個人的な事柄

これでかなり具体的になりましたね!
未来の記憶を、過去のイメージや情動を駆使して言語化し、毎日語ることで臨場感を高めていくのです!

以上、私が実践するためにポイントだけをまとめました\(^o^)/
みなさんも是非やってみましょう。

苫米地英人氏は、脳科学者や言語学者などの肩書を持つが、私にとってはわれわれの意識体験の構造を原理的に示そうとしている科学者である。

彼の著書『「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!』において、われわれの意識体験を充実させよいものにしながら生きるにはどうすればいいかについての原理的な考え方が書かれている。いくつかポイントを紹介するが、是非具体的には本書をご覧いただきたい。


「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!
苫米地英人
コグニティブリサーチラボ株式会社
2014-04-14



(1)「 楽しい」「 嬉しい」「 幸せ」をめがけるのは誤り

この よう に、「 楽しい」「 嬉しい」「 幸せ」 などの 気分 は、 風向き が 変われ ば 瞬時 に 吹き飛ん で しまう もの なの です。 吹き飛ん で しまう もの を 目指し ても、 手 に 入れ た と 思っ たら 消え て なくなる。 一生 その くり返し です。
苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.293-295). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 

一般的に人は、「 楽しい」「 嬉しい」「 幸せ」などポジティブな意識状態を再現するために生きようとするが、その考え自体が間違っているのだ。たしかに、ポジティブになってもすぐ消えるのが分かっているならそれを目指すのはよくないことは分かる。

(2)未来が過去を作る
 … 1 軒 目 の 店 の 行列 を あなた は「 ついて ない」 と 思い まし た。 しかし、 2 軒 目 の 店 で 目当て の 品 が 安く 売っ て い た こと で、 1 軒 目 の「 ついて ない」 が「 ラッキー」 に 変わり まし た。 という こと は、「 未来 によって 過去 が 変わっ た」 という こと。   過去 が 未来 を つくる のでは なく、「 未来 が 過去 を つくる」 の です。 気 を つけ て 見 て みる と、 未来 によって 過去 が 変わる という 右 の よう な 例 を、 私 たち は 日常的 に 体験 し て い ます。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.925-929). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 

あまり詳しくは引用しないが、要は未来に何かが起きることで、過去の見え方が変わる、ということ。私なりに補足すると、人間は物語の形式でしか何かを理解できない。眼の前のコップだって、私という生物としての人間が生きるために水を飲むための道具、という物語があって理解できるのだ。悪いことが起きたと思っていても、将来何かそれに関連して良いことが起きれば、それは良いこととして認識され直す。

(3)自分に嘘をつかないでゴール設定をすべき

  自分 に 噓 を つか ない こと。 世間 の 通念 や 他人 の 目 を 気 に し ない こと。 自分 の 本音 の 願望 を 頭 の 中 で 膨らま せ、他人 の モノサシ では なく 自分 の 本音 で 生きる こと。   しかし、 本音 の 中身 を そのまま ゴール に 設定 し て よい のかと いう と、 たいてい の 場合 そう では あり ませ ん。   なぜなら、 多く の 人 の 本音 は、 かなり 抽象 度 が 低く、 自分 中心 だ から です。   例えば、「 社会的 に 高い 地位 を 得 て、 みんな が うらやまし がる 会社 や 家 や 著名人 の 友達 を 持ち、 思いっきり チヤ ホヤ さ れる」 という 理想像 には、 自分 だけの 幸せ しか 含ま れ て い ませ ん。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1449-1453). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 
これは、それはそうだろうと思うのだが難しいところだ。その前に著者は、あらゆる自己規定は他人からと言っているのだから、本音なるものも他人から得たものだと思われる。ではどうすればいいのか。要は、そのような自己規定の中でも自分に最もしっくりくるもの、納得感あるものを選択するということであろう。

(4)幸せとは自分以外の人と一緒に感じるもの

また、「 自分 だけの 幸せ」 という のは、 ある 意味 では 矛盾 し た 言葉 の 組み合わせ です。 どこ が 矛盾 し て いる のか、 分かり ます か?   おそらく、「 幸せ」 という もの を 正しく 理解 し て おら ず、「 自分 だけの 幸せ」 が どう 矛盾 し て いる か 分からない 読者 も いる と 思い ます ので、 しばらく「 幸せ」 という もの について 話し て み ます。   ゴール を 考える こと は「 幸福」 という もの について 考える こと になり、 幸せ について 考える こと が ゴール について 考える こと に なる から です。

まず、「 おいしい もの を 食べ て 満腹 に なる」 や「 体 を 動かし て 気持ち が いい」 という のは、 ステップ 1 で 説明 し た とおり、 脳 で いう と 大脳辺縁系 の 扁桃 体 の 情報処理 です。 サル や ゴリラ と 変わり ませ ん。

…自分 以外 の 人 も 一緒 に 幸せ に なっ て こそ、 人間 の 幸せ で ある、 それ が 本当 の 幸福 では ない でしょ う か。   先 ほど「 優越感 と 幸福 感 は 違う」 と 言い まし た。 「優越感」 では、 快感 を 得る のは 自分 だけ だ から です。 その 気持ちよ さに 自分 以外 の 人 は 入っ て い ませ ん。   また、「 自分 だけの 幸せ」 という 言葉 の 組み合わせ は 矛盾 し て いる と 言い まし た。 どこ が 矛盾 し て いる のか、 もう お 分かり です ね。 人間 の 幸せ とは、 必ず 自分 以外 の 人 が 含ま れ て いる もの。 だから「 自分 だけの 幸せ」 という もの は あり え ない の です。 人間 の 幸せ とは、「 みんな が 幸せ だ から、 自分 も 幸せ」 と 感じる

…「 抽象 度 を 上げ、 より 多く の 人 の ため に なれる ゴール を 設定 し、 その ゴール に 向かっ て いく 過程 で、 前頭 前 野 眼窩 内側 部 を 発火 さ せ て いく こと」 です。   人間 として 生まれ た 以上 は、 より 多く の 他人 の 役に立つ ゴール を 持ち、 この 人間 にしか ない 脳 の 部位 を 大いに 使っ て 生き て いこ う では あり ませ ん か。
苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1537-1541). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 


自分以外の人と同時に感じるポジティブな意識が「幸せ」なのである。ではこれを目指すのがいいのだろうか?最初に著者は「幸せ」を目指すべきではないといっていた。ではどういうことか。ゴールを目指すというが、ゴールは多くの人が幸せになれることであるべきだとうこと。そしてそれはかなり実現が遠いものなので、小さい具体的な幸せを目指すのとは根本的に異なるものなのであろう。小さい幸せがなくなっても、自分にはゴールがあり、抽象的な思考ができていれば悩まず進んでいけるというものだ。

しかし、ちょっと疑問があるのは、そんな抽象度高い生き方をしていれば、喜怒哀楽のほとんどない無味乾燥な生にならないか、波乱万丈のほうが人間的なのではないか、ということ。それについてはゴール設定とは矛盾しないだろう。喜怒哀楽は十分に堪能すればいい。

(5)やりたいことがない、本音がない

「やり たい こと が 分から ない」「 自分 が 本気 に なれ そう な こと が 見つから ない」 と 言う 人 が い ます。 なぜ、 やり たいたい こと、 自分 が 本気 に なれる こと が 見つから ない のか。 その 理由 を ズバリ 言う と、「 自分 中心 に 考え て いる から」 です。 「自分 は 何 を やり たい ん だろ う?」 「自分 は 何 を 本気 で 好き な ん だろ う?」   いわゆる「 自分 探し」 の 人 たち の 自問 の 世界 には、 自分 しか い ませ ん。 他人 が い ない の です。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1543-1547). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 

自分 しか い ませ ん。 他人 が い ない の です。 「やり たい こと」 を 探す 人 たち は、 幸福 感 の よう な もの を 求め て「 本気 に なれる もの」 を 探し て いる の でしょ う。 しかし、 くり返し て 言う よう に、 人間 の 幸福 とは 自分 だけの もの では あり ませ ん。 他人 が 幸福 に なっ て こそ 自分 の 幸福 なの です。 それなのに、「 自分 は 何 を やり たい んだろ う?」 と 自分 だけの 世界 で 自問 し て い ては、 本気 に なれる もの が 見つかる はず が ない の です。 「やり たい こと が 分から ない」 と 言う 人 に、 私 は こんな 視点 を おすすめ し ます。「 自分 が 何 を すれ ば 他人 が 喜ぶ だろ う?」 という 視点 で 考える の です。 実は、 それ が「 やり たい こと」 を 見つける 近道 なの です。   自分 が 本気 に なれる もの が 分から ない 人 でも、 自分 が し た こと で 他人 が 喜ん だ という 経験 は ある はず です。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1549-1554). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 

これが実は自分にとって最も参考になる内容であった。やりたいことは自分がモテたいとかチヤホヤされたいだと弱いのだ。人に喜んでもらうことベースではないとダメ。

「事業 プラン を 考え て いる が、 成功 する ビジネス モデル が 見え て こ ない」 という 場合 は、 自分 中心 の 枠 の 中 で 考え て いる から です。 自分 が ビジネス を しよ う と し て いる 業界 で、 自分 が 何 を すれ ば 人々 の 役 に 立てる のか。自分 が 何 を し たい のか という 自分 中心 の 発想 を 捨て、 抽象 度 を 上げ、「 自分 が 何 を すれ ば 人々 は 喜ぶ だろ う?」 という 発想 に 切り替えれ ば、 ビジネス モデル は 見え て くる はず です。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1567-1569). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 

(6)ゴール設定の基本
したがって、 ゴール 設定 の 基本 は、  
● 自分 の 本音 に フタ を し ない こと。  
● それ と 同時に、 自分 中心 で ある こと を 捨てる こと。  
という こと になり ます。

苫米地英人. 「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める! (Kindle の位置No.1575-1577). Cognitive Research Labs. Kindle 版. 


本音に蓋をしないと「モテたい、チヤホヤされたい」が最初に出てくるのが普通かもしれない。でも、それはいいゴールではない。最初に述べた通り、すぐに消える儚いものなのである。そうではなく、自分中心でない他社が喜び幸せを感じることをゴールにすべきであり、実はそれが「幸せ」なのである。この意味での「幸せ」は目指してもいいだろうが、ポイントとしては、自分を主語にしないことだ。そうすることで「幸せ」と原理的に矛盾してしまうからだ。最初に著者が「幸せ」を目的にすべきではないというのはその意味なのだ。

これはカントに通じる考え方だ。カントも幸せなど見返りを求めないで普遍的な善へを目指すことを説いた。そして幸せはその結果ついてくるかもしれないもの、という位置づけである。

では、自分にとってのゴールはなんだろうか。僕はもともと抽象度が高かった。不特定多数の人が最高の意識状態を保てるようにしたいと思っていたけど、それを論理的に導き出そうとしていた。でもそれは答えのでないこと。言葉で世界は割り切れないからだ。じゃあどうするかといえば、自分の経験から人に喜ばれたことにしかコミットできないのだ。それに気づいた。そういう小さなところから始めるしかない。そこで固まった土台から大きくしていけばよいのだ。自分の場合は、インターネットのB2Cサービス、中国、哲学などがキーワードになってくるがそれはまた別の機会に書こう。

さて、結論としてこの本から得た、生きる上での指針をまとめよう。

僕らは何かの物語形式で物事を認識する。
世界平和に向かって生きている物語を持っていれば、あらゆることが小さくどうでもいいように感じるし、幸せや快楽も余裕を持って味わうことができるだろう。
だから抽象度の高い、簡単に言えばスケールのでかい物語が必要なのだ。著者のいうゴールである。

ではゴールはどうやって設定するか?
それにある程度のリアリティ(臨場感)を感じないといけないのでただただ高い倫理観に基づくゴールではダメだ。自分が感じた人の幸せをもとに、それを思いっきり延長してゴール設定するのだ。

こう考えると、結論はいたってシンプルだ。
これまで楽しかったこと、嬉しかったことを思い出して、それを最大限に再現するみたいな感じ。後は自己中心的なことではなく、他者を巻き込んでいることを気をつければよいのだ。

シンプルだが、こうやって原理的に考えるとこの指針に臨場感を持てる。みなさんも是非一読することをオススメ!


映画『グレイテスト・ショーマン』を観た。

人は意味を消費する生き物である。

人の動力は人だ。

人と会うと僕らは自然とその人から見た自分を無自覚に意識してしまう。

そしてどうでもいい人に会うとどうでもいい人間でいいや、となってしまう。

逆に、魅力的で凛とした人間に会うと、この人に認められたい。この人から見た自分をすごいものにしたいと思うようになる。

どういう人にこうした印象を持つかは論理的には分からない。

でも、人と会っているとこういう人に会うことがある。

個性は価値だと思う。

いくらニートで引きこもっていようが、いくら教育水準が低かろうが、いくら教養がなく一日中エロいことしかしてなくたって、いくら社会的善を追い求めようが、いくら自己の快楽にひた走ろうが、それはその人だけの個性である。いくら、同じマンションの隣で生まれ育っても、もしくは双子で同じ家で生まれ育ってもどんな似たような体験をしても、同じ経験をすることなどありえないから、個人は個性だ。

今のところ、個性というと、自分をうまく表現したり、人の意見に流されず自分の考えを押し通したりするようなときに「個性」というが、僕はそう思わない。みんなに個性がある。というか個性があるから個人が成り立つと言える。

いま世間でいう「個性」とは、社会を変えるとか、アート性を持つみたいな努力前提がある。そうではなく、個性とは、誰もがもつ性質なのである。

そうした個性を価値とみなせる社会が本当にいい。

アーレントが言っている活動とはこういう個性を表現しあい価値化していく活動だ。自分を試行錯誤し表現し、認められれば価値となる。現代と違うのは、大きな流れとして個性が定義されるのではなく、表現を通じて、みんなが違う中で、それでも共感を得るものが価値なのである。

こういう個性を価値化することは実存的に追い求めるものだから、これを社会的に実現したい。


今の時代はどういう流れの中にあるか。これまでは幼少期に形成された全知全能の自我を、人間社会で生きる中で、押し殺さなければならなかった。そしてめげずに頑張ったものだけが過去の自我から一貫性をもった安定した自我を築くことができる。今後、われわれの多くが一般的に自我を安定させることができる社会になる。


これは言い方を変えると、これまで人はその人に合わない型か合わないゲームで勝負させてこられた。人と違うことしてていい、何やってってもいいよやる気があれば、という社会になっていく。もちろん、やる気がなくても生きていられるようにしたいけど、やる気があればハッピーでいられるようにするのが先決。


お金で売ると一般的な尺度で判断されることになる。結局、ものを売るには<世界>に置くわけだから、全ての人が対象になる。でもその商品に価値を見出してくれる人に認知されるにはマーケティングコストがかかる。その人に「分かる」形で表現しなくてはいけないし、その人に届けないとだめだからだ。


以上、メモ。

ブロックチェーン・レボリューション』を読んだが、巷で言われていることのほとんどがこの本に基いているというような印象を抱くほど、ブロックチェーンが世界をどう変えるかの物語を沢山用意している。ホリエモンとか野口悠紀雄とかが言うことも先取りされている感がある。技術解説とかではなく、世界にどういう影響があるか、私たちの生活、生にどう影響を与えるかという「本質」が掴める。(その信憑性は各自判断する必要があるが)

こういう本があることで、技術者はその技術の用途に大体の方向性を得るのである。




本書の一番重要なところをいくつか引用し説明する。これを読めば、ブロックチェーンがなぜ注目されるかの核心が掴める。

暗号通過が従来の通過と違うところは、発行にも管理にも国が関与しないという点だ。一連のルールに従った分散型コンピューティングによって、信頼された第三者を介することなく、端末間でやりとりされるデータに嘘がないことを保証する。5


神ほど全能ではないにせよ、このしくみはとんどもない力を秘めている。本書はこれを「信頼のプロトコル」と呼びたい。信頼のプロトコルをベースにして、世界中に分散された帳簿がその数をどんどん増やしている。これが「ブロックチェーン」と呼ばれるものだ。ビットコインも一種のブロックチェーンであり、今のところ世界最大規模のチェーンとなっている。6


〜従来の「情報のインターネット」に対して、ブロックチェーンは「価値とお金のインターネット」だと言えるだろう。ブロックチェーンは誰でも真実を知ることができるプラットフォームだ。7


なぜ記録なんかにこだわるのかって?真実は僕たちを自由にするからだ。分散型の信頼システムは、あらゆる場面に応用できる。絵や音楽を売って生計を立てたいとき。ハンバーグの肉が本当はどこから来たか知りたいとき。海外で働いて稼いだ金を、高い手数料をとられずに祖国の家族に送金したいとき。地震の復興支援にきて、崩れた家を立て直すためにその土地の持ち主を知りたいとき。政治の不透明さにうんざりして真実を知りたいとき。ソーシャルメディア上のデータを他人に利用されたくないとき。9−10

いかがだろうか。
 
われわれは普段、判断に必要な「真実」のために大きなコストを支払っている。そのコストが大幅に削減されるのがブロックチェーンの本質なのである。


抽象的なことばっかり書いていてもしょうがないので、たまには現実的なことを書きたい。

やっぱり世の中「楽しい」ことが一番求められている。「楽しい」に限定せず、「意識状態をよくする」なら何をすればいいか。ブレスト的に挙げてみよう。

  1. セックス
  2. 麻薬
  3. 飲み会
  4. コンテンツの消費
  5. 承認
  6. やりがい

思いついたままに挙げてみると、ちょっと自分の強欲ぶりに引いてしまったが一つずつみていこう。

1,セックス
たしかにセックスはしたいが、セックスだけならお金を払えばできる。でも素人のいい女とやりたいと誰もが思うだろう。これって結局肉体的な快楽よりも、「意味の消費」なのである。

2,麻薬
やったことがないので分からないし、非合法なので禁止だが、おそらく意識状態は最高のものになるだろう。でも、僕らは80歳くらい生きるわけだしそれを前提で考えないといけない。でも意識状態ファーストを突き詰めたら、麻薬の気持ちいい状態でそのまま意識を失って現実の世界に戻ってこないことがベストという極論もありえる。でも、今考えているのが現実の世界なので、それを正当化することはできなそうだ。

3,飲み会
気の合う友達との飲み会は楽しいものだ。笑いあり共感ありコミュニケーション。これは家族、恋人、友人、仕事仲間など相手は問わず。これが、いわゆる「幸せ」なのかもしれない。

4,コンテンツの消費
お笑い番組を見たり、芸術的な作品を観賞することは面白い。


5,承認
やっぱり人は、自分がすごい人だということを認められたいだろう。仕事ができる、異性にモテる、笑いを取れる、などなど一般的に「すごい」とされる価値基準で人から承認を得たいのだ。そうすることで自分の物語が優れた物語として定着する。


6,やりがい
何かを達成したときの喜びだ。大きなビジネスのプロジェクトでもいいし、一人で読書して哲学書を理解したときでもいい。健全な幸せだ。

さて、人(というか僕)はこういう「よい意識状態」をめがけて、日々生きているといっても過言ではないだろう。

こうしてバラバラと6つ挙げてみたが、物語の安定をめがけるベクトルが人間の意識状態を規定している。承認と同じことだ。これは以前詳しく説明したが、人間は幼児期に最初に形成された全知全能の物語を核に持っているため、これに戻るべく果てしない欲望を持っている。全知全能の物語に戻るにはそうした状況を作りそれにリアリティを感じる必要がある。リアリティには人の承認が欠かせない。その他の5つも全て、物語が根底にある。何がいいことかというのも過去の記憶の蓄積の上にあるからだ。未来は過去から作られる。






僕は異なる分野にどんどん行きたがるのだが、なぜかというと今までは単純に「面白いから」「新しい体験がワクワクするから」程度に思っていたが、違う観点もあるかもしれないと気づいた。

自分が深く根付いた集団だと、どうしても同じような考えの人が中心になってしまい、one of themになってしまう。それだと自分の評価が相対的に低くなる。しかし、今までと違う環境にいけば、自分は異なる経験を持っていて輝く存在となる。

もちろん、新しい集団からすれば「自分たちのやり方をしらない未経験者」と悪い評価になるかもしれないが、往往にしてそれはただの僻みであり、どちらかというと新しい視点を持ち込める可能性を持った有望な人材なのだ。だから多様性ある集団がよい。一つの軸ではなく、みんなが尊重されればいい。(でも、多様性ありすぎるとまた各自の輝きは抑制されるのかもしれないが)

「いいね」ボタンから「率直だね」ボタンへシフトする流れにある。

もちろん、表現としては「率直だね」とはならないが、「何がよいか」つまり「いいね」の内実は、率直に生きることになる。

人は無理しなくていい。人それぞれ気づいたらもうある習慣を身に着けてしまっていて、どんな良し悪しの基準を持つか、どんなときに嬉しいか、悲しいか、モチベーションを抱くかは人それぞれである。だから、集団で何かを同じ方向にする場合、誰かは必ず無理をすることになる。

自分自身あるがままでも受け入れられてさらに生存することもできるような社会に向かっていく。

キングオブコントの優勝ネタを観て以来、芸人のかまいたちにハマっている。youtube上のネタはほとんど全部観たし、大阪のローカル番組なんかも観た。ワイドナショーに出ているシーンや、ダウンタウンとの絡みなども何回も観てしまう。最近の芸人では数少ない、ネタもフリートークもロケも全部面白い。特に個人的にはフリートークのうまさに惹かれる。先日のM1の優勝準優勝コンビがワイドナショーに出て松ちゃんたちとフリートークをしていたが、一回性の場の中でのアドリブが中々うまくいかずにグダグダ感があった。観ていてひやひやしてしまう。一方、同じくワイドナショーに出たかまいたちのトークは、完全に彼らのほうに主導権があり場に飲み込まれてしまうことはなかった。

さて、僕がなんでこれを書いたか。実は、かまいたちって過去にも何回か観たことがあったと思う、youtubeやらネタ番組で。でもそのときはもう一度観たり、かまいたちについて調べようなどと思ったことがなかった。今回、キングオブコント優勝ということでネタをじっくり観た。審査員の松ちゃんやさまぁ~ずなどのリアクションありきで観ると、やっぱり観るときの注意力も高まるし面白いと感じやすい。そこから僕は他のネタやトークを探して観るようになり、また友達に勧めたりもした。結局、面白いということが既に分かっているからちゃんと観たのだ。実力だけでは普及しない。何かしらの実績がないと人は真面目に観ない。もちろん、一般的な話。

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