最近、おっさんたちと飯食う機会が何回かあった。おっさん=オーバー30と考えればいい。

何か、4,5人以上で飲むと特に何か芯食ってない会話になりがち。

おっさんたちは途中であくび連発。
あくびを見ると大変に気が萎える。 全然、興味ないんかい、早く帰って寝たいかい。とりあえず、会が終わっても情熱を互いに注ぎ合って何かをするような未来の影は皆無であることはたしかだ。

おっさんたちは、現実に失望している。別に、悩んでいるわけではない。日々楽しいことはある。でも、そういう日々の小さい幸せ以上のことは期待しなくなる。なんかでっかいことするとかしても、そんなことしたってそんな楽しくないし別に興味ない人は興味ないし、と思っちゃう。みんな自分の人生生きているから他人の人生には無関心。そう。だから、自分の人生をもっと素晴らしく!とも思わない。別にそれは失望とかではなく、ただ、別に今のままでいいからなのだ。

なんかこういう「何かおもしれえことないかな」状態のおっさんになると、「六本木で豪遊」「中国市場でボロ儲け」「アフリカ事業でボロ儲け」とか分かりやすく、別に社会的意義とか関係ない派手な話に乗りガチになってしまう。 

さて、
こういうおっさん的状況について僕はどう分析するか?

はっきりいって、全然OK!このままでもOK!
もちろん、大義を目指していろいろ挑戦するのもOK!

人間の人生なんてそんなもん。どういう物語を生きて現実に適合するかが人間の生であり、一義的に刺激に反応して生きる動物とは違うところ。

着実に波のない物語を歩めば日々の幸せを楽しみながらず〜と生きれる。何かに挑戦すれば、大きなやりがいやはたまた大失敗を経験するかもしれない。

でも、どうせ生きるなら、「後者」がいい!

なんてベタなことは言わない。本当にどっちでもいいのだ。僕らは現実に適応できていればいい。死なないために、「私はサラリーマン」として自我を保ちお金をもらって飯食って生きれていればいいのだ。正解は1つ。

物語で現実に適応すること。それだけ。無味乾燥な、そんなことだけ。

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