いい女とはどんな女なのか。これについて以前から何度も考えたことがあるが、結局は大元である世界に対する見取図がないと判断することができない。

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ナイスバディで顔もよい女は沢山いる。でも、いわゆる社会的に成功した男たちが彼女たちを欲しないのはなぜか。単刀直入に、欲を満たすセックスと街を連れ歩きプライドを満たすだけでは価値がないのだ。

僕は、何度もこのブログで人は物語を持つことで現実に適応しているから、物語の安定が生きていく上で最重要だと書いた。この観点から「いい女」についても考えていける。結局、「企業」でも性別関係なく「人」にしても同じで、物語を保つことにどれだけ貢献するかというのが基本的な最も深い評価基準となる。

まず、この性質があれば「いい」といえるような最大公約数的な本質は存在しない。なぜなら、世界は常に変わっているから、物語もそれに合わせて変わらなければならない。企業がいつまでも同じことをやっていても生きていけない。変化に適応できなものだけが生き残れる。臨機応変に時代の流れに乗る必要がある。

人は自分の歴史を持っている。過去の歴史に基づいて、今後何にコミットできるかが決まってくる。そういう物語を支えてくれる女がいい女なのだ。そもそも結婚とは家族をもって次の世代へ子孫を残すという大きな社会的な流れがあるから、それに自分も物語を合わせる必要性から行われる。

趣味や嗜好の合う女はいい。多くの時間を共にするパートナーは、常に語りのパートナーである。お互いの物語の確信を深めていくためには、意見がいつも対立していてはだめだ。一緒に物語を保つには

そして、重要なことは男女問わず、誰もが幼少期の全知全能の物語を軸に持っている。だから、常にそこへ回帰したがる。われわれの社会で歴史的に築かれた価値観はそういう意味で重要だ。そういう幻想であるが社会規範に則したことでないと評価され全知全能に近づけないからだ。なので、社会規範に沿った女である必要がある。簡単に言えば、いい女だと思われる女がいい女なのだ。

冒頭の話に戻れば、いくら美人でも社会のことを知らないで男の面子を潰すと男の全知全能回帰への夢は絶たれる。

結局、いい女とはあなたの過去の歴史に基づき未来への物語をうまく支えてくれる女だ。そして忘れてはならないのは、誰もが全知全能への憧れを持つ故に世間的ないい女を欲さざるをえないということ。