記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2007年12月

今年も今日で最後となった。
私の考えの一つに、進歩とは反省の厳しさに正比例する、とあるが、今年の反省をしていこう。今年は6月まで留学をして、帰ってきてからインターンや中国留学や一人旅などいろいろやりたいことはしてきたが、追い込み方が甘すぎた。
やることに満足をし、そこから得られるはずの自分への還元が1割にも満たない。

今年は多くのことに挑戦したと自負できるが、そこから本来得られるもののほんの一部しか得ることができていない。

来年は密度の濃い挑戦をしていく。そこで来年のテーマは『律』である。自分を律して、集中を保ち、多く向上できるようにする。最近ようやく自分の考えがまとまってきて、何が必要かもわかるようになってきた。これは就職活動により、多くの人の意見を聞くなかで固まっていったのだろう。

人間だれしも何をすれば自分が成功するかは見えているはずだ。しかしそれを実行に移せる人はほんのわずかで、それらの人が成功する。めんどくさがらずに、地道なアクションを積み重ねる。自分に足りないものを勇気を持って認めて、補う。

これらはしっかり考えれば誰でもわかることであろう。実行するには『心の強さ』が必要である。これは忍耐力、向上心、自己犠牲などを意味する。これらを鍛えることが自己実現に必要なことである。

私はこれらをどのように鍛えるかと考えた。その結果、自分のためにならないことを継続して養われると考えています。この考えは元カリスマ体育教師原田隆史さんの本を参考にしたが、私は強く共感している私も朝早くおきるという単純なことだが、継続してきた結果、自然と勉強での集中力が上がったり、自信を持って人と接したり、緊張しなくなったりなど成長を感じることができた。来年は厳しく、早起きだけでなく、皿洗いやトイレ掃除など小さなことですが継続していきたい。

と聞かれた場合どう答えるか。
これは人間としての質問であり、学習領域ではない。

文系は感情思考で、理系は論理思考である。
私は、理系だろう。
というか世の中理系しかないだろう。

文系科目である経済学では、人の行動などを勉強するが、
人は完全に論理的に行動している。
自然の法則を基本に考えるのが理系であるなら
まさに経済学も理系である。
人間という自然から発生した生物の指針に従う行動により作られた結果なのである。
例えば、アメリカのFRB議長が金利を下げると発言したら、
為替に対して強気とみたり弱気とみたりするものがいるが、これらは
感情的に動いていると見るか?
私は理論的であると考える。その人が今まで経験してきた体験により
その人の中に尺度が築かれていき、それに、その人が見た情報が
量りにかけられ、その人の行動となるのである。完全に自然の法則に
したがっているのである。

人は、外的環境により喜怒哀楽を味わうが、これらは
外的環境を自分の尺度に通した結果味わう感情であり、
人それぞれ違った見方をするのである。

私のように突き詰めて考えるのを理系。
そこまで厳密に考えることなく抽象的に捉える人は文系というのではないか。

↑このページのトップヘ