世の中いろんな人がいる。

それらはその人が生まれ育った環境で作られていく。
遺伝子の要素などほとんどないであろう。
世の中を見渡して10メートル、100メートルの人間を見たことがあるか。
人間のポテンシャルの違いは生まれた段階ではほとんど開きがないと思う。

しかし時間という平等に与えられたものをいかに使うかという議論がよくなされる。
何かに時間を毎日割いてやっている人はその分野での能力が高くなるだろう。
一日5時間英語の勉強をすれば1年で話せるようになるだろう。
そこで開きが出て成功、不成功が決まるような意見をよく聞くが、
これは世の中にある流れがあるからである。

人類が生まれ文明が生まれ今に至るまで、人々が平和に発展し続けるために
規則やタブーとされるものが決まり、流れが出来てきたのである。

その流れ、たとえば今であれば資本主義民主主義が大きな枠になるが、
弁護士、会計士などが尊敬されるのはこのような枠組みがあるからであり、
何にも流れのないところへ行ったら誰とも変わらず平凡だ。

頭がいい、賢いなどといわれるのは大抵がこの流れ上の話である。
この流れを意識せずひたすら勉強し、結果を出すものもいれば
この流れに気づき、何をしても甲乙つけることはできないと割り切り
好きなように時間をすごすものもいる。

流れがあるから親は子に流れ上でよいとされるように教育するし、
学校でもそうされる。

私はこの流れの束縛具合は日本でとても強く、アメリカでは比較的ゆるいと感じる。

この流れがなくなった時に活躍できる人間がどちらの世界でも成功する人間であると感じる。

世界的に成功されるとみなされる人物、イチロー、ビルゲイツ、ドラッガー、フェデラー
誰でもいいが、彼らは流れがなくなり自分の得意なものが奪われても
すぐに新しいものを見出し活躍するであろう。

なぜなら彼らは人間の本能に従い行動するからだ。