記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2010年03月

単純作業でめっちゃ疲れた。仕事自体は楽だけど、あれを1週間1ヶ月やるなんて、ましてや一生やるなら死ぬ。
でも人はみんないい人だ。
ただ彼らも仕事が生活の多くを占めていて、週末の息抜きなどうまくできているのかわからん。
とりあえず仕事で上を目指すことが難しいからあまりモチベーションがわかないだろう。
ただこじんまりした環境で楽しい人には楽しいのではないか。
ただどういう価値観をもっているのかわからない。
できることならもっと違う仕事をしたいとか思っているのだろうか。
別に上から言ってるわけではまったくない。

古いけど初めて見ました。
家族からも疎遠で孤独なプロボクサーの話。
コーチも孤独な人間で二人の距離が縮まっていく話。

最後のほうの悲しいのはおいといて、
こういった孤独な環境で生きている人ってアメリカでは結構いるとおもうし
日本でもいる。そしてこうした人が社会への不満や自分への哀れみから犯罪を犯す。
正直誰でもこんな環境ならこうした結果になってもしかたない。

この話では、二人ともボクシングという一芸があったからよかったものの、
なかったら廃人だ。

世界中でこういった人たちに再チャレンジの機会を与えることはできないのだろうか。
よくよく考えてみたらそこらへんにいるホームレスとか本当にかわいそうな人だ。
こうした不遇な人たちを救うようなことをしたい。

最後の植物状態の話になるが、
ああなってしまった本人はもう途方にくれるしかない。
宗教の問題で安楽死はだめとか議論があるが、だったら生きて何を求めるのだろうか。

この映画から強く生きることを学んだ。
自分もこれまでの過去のことに捉われず未来を強く新しく生きる。
これまでのことはサンクコストだ!!
新しい世界を作り出そう。


もうそろそろオーストラリアへ出発する。
新しい環境にワクワクする。
早く未知の体験をしたい。そこで自分を成長させ、世界観を広げたい。

アメリカやイギリスとはまた違った体験ができるだろう。
大陸国家でありながら人口は少なく偏っている。
日本と同じように海で囲まれたこの国は何を持っているのだろうか。

日本とのビジネスの可能性。
英語。
マネジメント。
その他もろもろたくさん吸収してくる。
またオーストラリアででっかいことして一山あてたいな!

客観力と努力、この2つがあれば誰でも現実的な範囲内で目標を達成できる。
自分を世界という舞台で客観的に捉え、目標に向けて様々な計画を立てて、それを実行する。
実行することは難しい。そこには努力が必要だ。でも継続して続けていけば目標に近づける。

客観力とは自分を客観的に捉える能力とする。

テニスで言えば、自分のフォームが何故うまくボールに力をうまく伝えられないのか、
コーチの意見や書籍を参考にして考えて方向を見出し、後は努力する。
方向が間違ってたらいくら努力しても成功しないし、方向があってても努力が続かなければ負ける。

ビジネス業界でも、人付き合いでも何でも同じ。
基本的で簡単な発想だけど、これは非常に正しい。

ただ、スポーツとビジネスとでは客観が少し異なる。というのもビジネスの世界では経済全体を見渡す必要が
あり、常に客観とする舞台が変動しているからだ。未来を含めたその動きを見ている必要がある。

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