記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2010年11月

日本のウェブページのインターフェイスは何か単調すぎる。海外のウェブサービスは何か革新的でクリエイティブな感じを主観的に感じさせる。またそのページに訪れたいと思わせてくれる。日本のサイトはごちゃごちゃしていて何か一貫性に欠けていたりで魅力を感じない。

現在、インターネットを使って自分の考えや力を存分に発揮できる環境が整ってきた。会社に行かなくては仕事をする環境がない、という時代ではない。家でも同僚とインターネットで仕事ができるし、必要な情報はほぼネットから入手できる。

何かビジネスをやるにしても、それの可能性を調べたり、市場調査するのもネット上でできてしまう。何かの知識のほぼ全てはネットで閲覧できる。他人に聞くということが難しくなる。なぜならググれば全部出てくるから、人に聞くよりそっちで自分で調べろといわれるだろうし、その方が多くの情報を得られるだろう。

こういう時代だと、個々に求められるのは主体性であり個性的な考えなどである。自分に厳しく結果に執着するものしか生きられない世の中になりそうだ。無駄な能力は必要ない。

また、スピードが重要になるだろう。少しでもいいアイデアができれば、簡単な仕組みであればアウトソースして直ぐにどんなビジネスも始められる。しかし技術のいる仕事はできる人が限られる。

これからは、技術を持っていてチャレンジを繰り返せる人間が強いだろう。ビジネスアイデアももちろんだが、スピードがキーになる。

アメリカのインターネットビジネスは日本の何倍も上を行っている。日本のウェブビジネスは何かのろくて平面という感じがするが、アメリカのは創造的で革新的な感じがする。この違いは技術力の違いから来るのだろうか。もっと勉強して追いつこう。

日本は日本語という壁があるから悪い意味では英語圏からとり遅れてしまうが、良い意味では英語圏のものを日本語版にするだけでビジネスになってしまうこと。

レディットは今世界で何が注目されているのか分かるサイト。誰でも面白い記事へのリンクを投稿したり、自分でコメントを作ったりできる。それに対して他のユーザーがUPかDOWNか投票して、UPを多く得た記事ほどトップに表示される。記事に対する投票結果によってトップにくるものが違うから、世界中の人がどんな記事に注目しているのかが分かる。

これは世界中の個人が何に興味を持っているのかを表しているのでクラウドソーシングとして捉えることができるだろう。クラウドソーシングリザルトというサイトによる分類ではコンテンツレイティングのクラウドに分類されている。日本版もできると面白いだろう。

http://www.reddit.com/

クラウドソーシングリザルトによるとクラウドソーシングは以下の15個に分類される。

Crowdsourcing aggregators

Content markets

Prediction markets

Questions

Innovation Prizes

Service marketplaces

Distributed innovation

Competition Platforms

Crowd funding

Content rating

Idea platforms

Data sharing

Reference content

Cycle sharing

Microtasks

世界観をある人の認識できる世界と定義すると、人々の世界観は各々違う。

自分の同年代でも学生をしているもの、海外で生活するもの、アルバイトで生活するもの、高卒からずっと働いているもの、引きこもってるもの、色々いるが、その一人ひとりが違った目標や生きがいを持って日々生活し、行動している。

世の中、広く知れば知るほど天井が高くなる。それはいいことなのだろうか。世界観が狭ければ、小さなことで満足できる。それは幸せなことだ。もしこの人が自分を客観的に見てしまい、もっと創造的で稼げる仕事をしたほうがいいという考え方になってしまったら、それは不幸かもしれない。主観的に幸せなのが一番であり客観的なポジションは、その人が意識しない限り関係ないのである。

インターネットのフラッシュマーケティングだったりソーシャルゲームだったり面白いものが出てきているがどれもいまいち大きくない。ただの隙間産業に見える。インターネットの強みはリアルの世界ありきだから、リアルのあり方を変えてこそ、その有益性が感じられる。個人の表現というリアルをインターネットのインフラで世界中に発信したり、個人の力を世界でフルに生かせるようになれば、これが最高のインターネットの恩恵となり、世界のあり方を変えてしますのではないか。

大学に入った頃くらいからずっと、インターネットを使って国際的なビジネスができるだろうとぼんやり考えていた。ECの国際的なものではない。それは別になんとも思わない。もっとインタラクティブでインターネットの利点を生かした何かがあるはずだと考えていた。BPOというビジネスプロセスアウトソーシングは、何か感じるものがあった。これはクラウドソーシングの一種だ。クラウドソーシングが自分の思っていた何かだったようだ。今後これはCtoCの時代になるだろう。このインフラを日本が主導できたら強い産業になるだろう。(現在完全に出遅れているが)

国富論により言われた分業、それぞれの国や企業はそれぞれの得意分野に専念する。こうした分業がインターネットを通じて個人レベルで展開されるだろう。インターネットは個人の持っている能力を誰でも、どこでも自由に発揮できるインフラになりうる。世界中のどの人もその人だけにしか持っていない考え方や能力がある。そうした能力は世界中のどこかで生かさせるかもしれないが、大抵の場合、その人の行動範囲の狭さから生かされないでいることが多い。インターネットを使えばこうした個人の力を世界中の需要に繋げることができる。

簡単な例で言えば、言語力はこうした個人の力だ。中国人にとって中国語を話すことはごく自然なことで難しいことはない。これは中国語を話さない人から見れば強みであり、日本で中国語を学ぶ人からすれば中国語の良い先生である。個人の持っている考え方や、芸術的センスなどこうした個人の力がインターネットを通じて世界中のどこかで生かされるインフラを作りたい。

個性は誰でもあるものだ。しかしそれは事実の議論と同じように、他人に認識されて始めて個性となるだろう。いくら個人の中で斬新な考えを持っていても、それを他人に伝えなければ意味がない。そしてそれを他人と議論したり、他の意見と交じあわせることで新しいものが生まれる。ネットを駆使して多くの人がYOUTUBEの映像やブログの文章で自分の意見を多くの人に簡単にさらすことができるようになった。これだけに留まらずもっと個人の力が生かされるようになれば世の中おもしろくなるだろう。

個人にYOUTUBEみたいなタグがついてその人の才能や強み、特徴が検索されて求められるかもしれない。例えばある人には東京大学、帰国子女、工学博士、などその人の情報がタグとしてつけられていれば、東京大学の人に何か頼みたいときにこの人が検索で引っかかる。そして報酬を支払う機能があればサービスを受けられる。企業や個人はプロジェクト単位で最適な人材を引っ張ってこれるし、長期雇用でも使えるだろう。

こうしたことができるようになるには、しっかりしたインフラがいる。取引の保証と決済が問題だ。

CtoCのビジネスでは相手を信用できないかもしれない。依頼者はサービスの履行を保証されなければ支払いたくないし、提供者は支払いの保証がないと行動できない。こうしたことを克服したものが先駆者の利益を得られるだろう。

まずは、プロフェッショナルな仕事は取引しやすいだろう。既にデザインやサイト作りなど専門がはっきりしたものは取引されている。もしくは個人をどこかが雇う形にすることもできる。教育し、管理するのだ。英語のサービスなどはこういう形をとっている。連帯責任にするというマイクロファイナンス的な考えもできる。

決済に関しては、ペイパルなどでポイントを買えるようにして世界中同じポイントを使えばいいだろう。一度利用すればもう一回買うときも抵抗がないだろう。引き出すには一定額単位でできるようにすればいいだろう。換金性があるとマネロンやクレジットカードからの現金化など問題はあるがそこは乗り切れるだろう。

このブログでは世界のクラウドソーシング事業や日本のクラウドソーシングの事情について報告していきたい。個人的には、スキルの要らない簡単な作業のクラウドソーシングの分野で日本がイニシアティブを取れる事を目指している。

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