記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2011年04月

活動的で何か人助けをしたいと考える人はよくアフリカを目指す。そこで何がしたいのか。貧困を軽減させたいのか。何がしたいねん。そもそも現地の情報も、そこまで深く知らない人間がなぜそこに行きたがるのか。自己満足だろうか。死と隣り合わせで暮らしている人を恵まれてる自分たちが助け出さなくてはいけないという指名なのか。よくわからない。

おそらく現地で生活する中で問題を見出し、そこで解決策を見出すことを目的にしているのだろう。やはり根本的な問題を解決しないことにはそういった途上国の貧困や危険な環境は変わらない。しかし抜本的な仕組みを変えるのに外部の日本人がどのように関わることができるのだろうか。

まあ多分、価値観とか環境とか全く違う環境で生活してみたいっていう好奇心もあるんだろうな。オレは正直、危険な場所にいってそこの人を助けたいとは思わない。もっとWINWINのアプローチがあるだろう。

インターネットはインフラといわれているのだから、インターネットビジネスっていう括りは違うと思う。リアルありきなのはもちろんだ。

ネットってそもそも2次元以上にはなりえない。動画、音声を超えることはできない。本当にハイエンドなサービスはリアルでしかなしえない。マッサージにせよ、風俗にせよ、外食にせよ店舗が必要なのだ。

こう考えると感動するサービスってネット上じゃむずかしい。そもそも感動する製品やサービスってどんなものがあるか。デジカメとかパソコンで感動した覚えはない。

感動したこと。食事がうまくて感動したことはある。テニスの教え方のプロフェショナルに感動したことはある。旅行中の海外の現地の雰囲気にワクワクしたことはある。くそでかいアメリカ人のウエイトトレーニング。スポーツ生観戦。マッサージ。

インターネット上のビジネスってその仕組みにワクワクすることはあるけど、実際使ってワクワクすることはない。やはりそこを超えて何かしらリアルに結びつかないとおもしろくない。そもそもみんなネットにそんなこと期待してないのか。

ブレストで面白そうなものを考えてみるか。アフリカのライブ映像を見れる。世界のコメディを見る。ネットを離れて考えてもいい。なんかあるか。宇宙ビジネス。宇宙にいける。

世の中は経済活動をするプレイヤーが世の中に新しい商品やサービス、また雇用などを生む。

多くの優秀な人々はキャリアを積んで教育や資金提供者に回ってしまう。自分がもっとプレイヤーとして頑張ろうと思わないのか。せっかくの頭の良さを社会に直接的に還元してほしい。ミキタニさんや南場さんはエリートの流れから自ら事業を興した点で非常に尊敬する。多くの人が教育機関を作ったりベンチャーキャピタルみたいなことをして若手の育成にまわってしまうのは、逃げに見える。

欲を言えば事業内容もおもしろいものがいい。ただ楽天やDENAはウェブ1.0で止まっているように見えるのは自分だけか。何か創造性に欠けている。日本の企業で創造性を感じるインターネット企業はない。よく起業支援やアウトソーシングビジネスなどあるが、ある事業を支えるビジネスほどつまらないものはない。コンサルもそうだ。ユーザーに感動を与えるような製品やサービスを提供する事業が本物だ。

さらに、これは私のこだわりであるが、地球を広く使い国際性を感じる事業をしたい。ユーザーが主観的に外国を感じるようなワクワクするようなオモシロイものを作りたい。単純に国内の製品やサービスを海外展開するのではなく、その商品やサービスに海外の要素が入っているものこそ国際ビジネスなのではないか。こうした事業で日本を活気付け、プレイヤーとして頑張りたい。

よく田舎や地方では何もすることがないとか、つまらないとか言うことを聞く。たしかに外食であったり、飲み屋、カラオケ、とか友人と遊ぶ場所はある程度なくてはつまらないだろう。ただ、こうした最低限の暮らしが不便なくできるところでも不満が出てくるのはなぜか。毎日歓楽街へ遊びに行く人であれば分かるが、それ以外の人は何なのか。

夜でも色々な店が営業しているのは何か安心する。多くの人が何かをしており活気がある。そこにいるだけで、彼らと同じ時間を過ごせ、何か感じるのはたしかだ。

この感覚は、フェイスブックやツイッターに似ている。ログインすれば色々な人の今が見える。受身的に彼らと同じ時間を共にすることができる。これは1人で街へ行くのとは違う。フェイスブックは友達が何をしているのかを見て共有感を得る。ツイッターは知らない人も含まれるので、街でボーっとするのと似ているかもしれない。さらに、こうしたソーシャルメディアではインタラクションもできる。しかしこれは2次元であり、やはり物足りない。

しかし、見ず知らずの人であっても、活気に溢れ多くの人が集まっている場所にいると何か暖かさを感じる。みんなこうした感覚を求めているのだろうか。

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