記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2012年11月

よく日本にはビジョンがない、戦後はビジョンがあったからみんな一致団結して経済成長を実現できた、という話を聞く。たしかにどこの政党のマニュフェストもコロコロ変わるし、当選後変化することもあるから政策もくそもない。日本はこういう国になりましょう!と言うためにはきちんと世界の流れ、日本の強み弱みを理解する必要がある。
そう考えていたところ、中野 剛志さんの「国力とは何か―経済ナショナリズムの理論と政策」を読んだ。世界に150カ国かいくつか知らないが多くの国がある中で、国の力とはどういうものかを理解できた。まずはここを理解しないと政策も考えられない。
今日は手始めに、今まで曖昧に使っていた、「近代国家」、「国家と国民」、「国民国家」の定義についておさらいしたい。著書の中で中野さんが分かりやすく解説している。
近代国家
近代国家の定義をおさらいする。自律した近代的個人が合意して国家を創設するという社会契約論がもととなり創設されると思われている。しかし、実際には人々が国家を作ったのではなく、国家が近代的個人を作り出したのである。
国家が個人の権利を他者から守ることにより、個人は初めて自律できた。近代以前の封建社会では個人は伝統的な共同体や封建秩序に固く拘束され、古い因習の中に埋没させられ自由は厳しく制限されている。自律した個人は存在しなかった。こうした封建的な権力や権益を排除し共同体的束縛から個人を開放したのが国家権力。
国家は近代的な法システムにより個人に直接、権利と義務を付与した。こうして因習にとらわれずに自由に活動できる近代的個人が生まれた。これは近代国家が作ったものだ。個人の権利は国家によって、社会制度によって保証されているから、個人主義の実現には国家の協力な力が必要。
近代国家今日言われている国家は昔のギリシャの都市国家やローマ帝国、日本の律令国家などと違う。今言う国家が生まれたのは西欧であっても近代からで、日本では明治維新後である。その意味を強調する場合、近代国家という。
国家と国民
国家=ステイト。state。政治的・法的な制度あるいは組織。支配力、法の支配、権威など様々な手段で人民を統合する。ステイトに対する忠誠心はステイティズムである。国民=ネイション。nation。一種の共同体。共通の歴史的記憶、神話、公的文化、言語、領土、伝統、共通の経済、構成員に対する法的権利義務、を共有する特定の人々。形があり客観的なもので結ばれているのではなく主観の産物。ナショナリズムとはその共同体にたいする忠誠心のこと。
国民国家
現在、国家といえば国民国家であるが、国民国家とは何か。中世では人々の国家への忠誠心は君主に向けられ国家間の紛争は王朝間の紛争であって国民間ではなかった。第一の関心は国民の幸福ではなく、君主の富であり、一般の人には関係ない。
近代に入ると、一つのネーション(民族、国民)の基盤の上に国家は成立すべきだという考えが広まる。ネーションを基に成立する近代国家を国民国家(ネーションステート)という。
ネーションの単位は必ずしも人種、言語、文化などの統一性でなくても、共同の国家を形成しようという政治的な一体意識があれば問題ない。アメリカがいい例である。日本やアイルランドのように民族的に同質性が高い国民国家のほうが稀である。ケベックでフランス語を話す人々、スコットランド人、などはステイトなきネイションである。
国民国家ではみんなネイションという同胞意識を共有しステイトはネイションのためにある考えるからステイトの権威を受け入れる。人々が共有するネイションというイメージによって人々を統合するステイトが国民国家。国民国家とは人々の権威に対する垂直的紐帯と、ネイションの水平的な紐帯の両方から成り立つもの。国家に対する忠誠心=国民に対する忠誠心なのだ。

ここ最近、加藤嘉一氏の経歴詐称が中国のマイクロブログ微博やテレビでも多く取り上げられていた。私は彼の著書や記事などはほぼ全部読んでいるし、講演会に行ったこともある。同じ世代として頑張っているので好感を持っている。この経歴詐称については以前からYouTubeやYouKe(中国版YouTube)で彼が実際に中国語で嘘をついている映像も見た。たしかに、かなり偉そうな口調で言っているのには嫌悪感を抱いた。
日本での反応を見ていると、かなり批判的なものが目立つが、それも納得できる。しかし、私の意見としては、この経歴詐称は許せる範囲だと思う。というか多目に見てあげようと言いたい。理由としては、彼は根は真面目で大きな目標に向かって真剣に努力できる人間である。経歴詐称は汚いやり方ではあるが、目標に近づくための一つの手段だったように思える。今後は大義のために邁進していってほしい。2012年10月31日に公的に謝罪しているが、彼はここまで有名になる前に、自分から謝るべきだった。
詳しく説明しよう。彼は自分の役割を、「自分の長所である発信する力を活かし、日本の良さを世界にアピールすること」だと認識している。そのため、インフルエンサーになり、多くの人に興味を持ってもらう必要がある。日本の一部上場企業社長、政治家、スポーツ選手など余程優れた一芸がない限り、地道に努力を続けていかないと中国では認知してもらえないだろう。彼は日本育ちなのに中国語がネイティブ並というエッジを持っているがそれだけでは足りない。国際関係についてもある程度理解しており、論理的に話すこともできる。そこにさらに頭の良さも示すために、「東大に合格したが蹴った」という経歴を足したかったのだろう。
この嘘は、とても便利だ。いちいち彼の発言の内容を吟味しなくても、「東大合格したが、世界情勢を客観的に見て中国に来た」という先見性のある行動は彼に魅力を与える。さらに東大よりも中国の北京大学を選択したという中国人に好感をもってもらえるという効果もある。
正直、中国で活躍を目指す日本人は無数にいる中で、抜きに出るにはある程度の誇張は必要だと思う。加藤さんのように後ろに企業など信用を支えてくれるものがない個人の場合はなおさらだ。彼の勉強量は彼の中国語や発言内容を見れば分かる。(あまり独自の意見は主張していないが。)日本へ大きく貢献するために少しくらいの嘘は許されるだろうと考えたのだろう。
この経歴詐称はジャーナリストの上杉隆氏を彷彿させる。彼もニューヨーク・タイムズで活躍していた的な主張をしていたが実はインターンだけで目立った成績は残せていないようだ。賛否両論あるが上杉氏は実力があると思う。しかし無名大学で目立った職歴もなかった彼がいくらいい意見を言っても世間は耳を傾けない。ニューヨーク・タイムズなどの経歴があって初めて振り向くのだ。それで多くの人が意見を聞くようになったら、後はもう素の自分で勝負すべきだ。
加藤氏も同じで、ある程度知名度が出てきたら、後はもう実力で勝負すべきなのだ。嘘をついたことを自分から謝罪して、自分の中身で勝負してほしかった。もっと早い段階で自分から謝罪していればこれほどダメージは大きくなかっただろう。「自分の実力には自信があったが、何の実績や学歴がなく誰も振り向いてくれなかったので苦肉の策だった」と謝ればよかったのだ。
嘘をつくのはよくないが、彼のように自分と同じ世代で活躍する人はどんどん増えるべきだ。私も彼から大分刺激を受けた。加藤嘉一氏の知名度はかなり高い。中国や香港の本屋には彼の本が目立つ場所に置いてあった。もうここまで来たのだから、他にも嘘をついているなら全て白状して、潔く実力で勝負して欲しい。

語学(外国語学習)サービスの競争が激しくなっている。レアジョブ、ラングリッチ、スパニッシモ、Rosetta Stone、lang-8、アイチャイナ、超速中国語などなど多くのサービスを思いつく。国内市場は縮小しているから海外に目を向けなくては生きていけないとの意識が企業や個人レベルで浸透しているからだろう。私にとって外国語学習はかなり思い入れのあるものだ。自分の場合、日本の大学であったが授業は全て英語という環境だったし、10ヶ月間アメリカに交換留学、また、オーストラリアの大学院を卒業した。また、現在は中国で働いており中国語も学んでいる。こうした経験により、外国語の学習というのは結構詳しいと思う。
英語は、留学前にTOEIC900点はあったし、現状外国人との英語でのコミュニケーションはほぼ問題ない。(グループでのディスカッションなどはまだ聞き取りが難しいこともある。)また、中国語は学習期間としては1年以下、中国に来て5ヶ月であるが、1対1のコミュニケーションであれば大体意思疎通できる。これは英語学習でかなり長い間悪戦苦闘したおかげだ。自分なりに外国語学習の方法ができた。
今日は自分の語学方法を紹介したい。沢山方法はあるだろうが、あまり人が紹介していない方法を紹介する。ポイントは3つだ。人により語学の目標は異なるだろうが(ある人は文章力を鍛えて英語で小説を書きたいかもしれない、ある人は映画を字幕なしで見るためにリスニング力だけあればOKかもしれない)、私が紹介する語学方法の目標は、「自分の意見をきちんと相手に伝えることと、面と向かってのコミュニケーションをうまくする」ということ。以下に学習のポイント3つとそれを踏まえた実践方法、さらに単語学習についても触れた。外国語学習者に少しでも参考になれば幸い。
(1)基礎的な文法を網羅する
まずはベタに文法を学ぶのが必要だ。ただし、簡単にさらっと学べばいい。書店で売っている高校生用だとか、基礎から学ぶ!的なポップなやつをやればいい。1週間か2週間くらいでさらっと学ぶ。ここで全て頭に入れる必要はない。一度見ていれば頭の底には残っている。今後、語学をしている内に分からないところを何回も戻ってこの文法書を見なおせばいいのだ。
(2)自分の頭からは発せられる表現を学ぶ
オバマ大統領とかキング牧師の英語を学んでもしょうがない。人、個々人が使う言葉というのはそれぞれ全く違う。職業や地位などの違いだけでなく、本当に個々で細かいところは違うのだ。例えば、友達を映画に誘うにしても、「明日一緒に映画に行きましょう」と直接いう人もいれば、「明日映画に行きます。あなたも来れば楽しくなりますね!」「いい映画があるんですが、興味ありますか?」とか遠まわしな表現など人それぞれだろう。そして自分が使う言葉というのはそこまで多くないし、パターンがある。自分の生きている限られた環境、限られた人との接点を考慮すれば、使う表現は限られていると分かるだろう。そこにフォーカスして外国語の表現を学ぶべきだ。
(3)作文しないで、翻訳してもらい丸暗記する
作文で語学力を磨くのは少し危険だ。自分の知っている文法や単語を組み合わせてボトムアップで表現を作っていく。これはやりがいがあるので、勉強した気分にはなるがオススメできない。上記(2)の「自分の頭から発せられる表現を学ぶ」でも、自分で無理に翻訳しようとせずネイティブに訳してもらい丸暗記するのがいい。なぜ作文せずに翻訳してもらうべきか、2つ理由がある。
1つは、間違ったり不自然な言葉の使い方を勝手に使って、自分の身に染みてしまうから。例えば、英語で「今日何する予定?」とか聞く場合、そのまま日本語から英語にすると「what will you do today?」「what do you plan to do today?」とかになるだろう。これでも通じるが、「what are you up to? 」という表現はさらに自然だろう。(これはあくまで例)さらに。例え自作の文章をネイティブにチェックして直してもらっても、一度自分で作文した表現方法は自分に染み付いてしまうこともある。だから、自分で作らずに、全部ネイティブにお願いすべきだ。
2つ目の理由は、作文はめんどくさい、ということ。作文は辞書を使ったり文法書を参照したりかなり思考が要求されるし疲れる。持続するのが難しい。これで語学が面倒くさくなったら元も子もない。そしてある程度、外国語のレベルが高まると、例え不自然な表現を使っていても、もう誰も指摘してくれなくなる。自分で気づくしかない。だからはじめから自分から無理に作文しようとせずネイティブに全訳してもらうべきだ。楽をしていると罪悪感を抱く必要はない。
(実践方法)
これらの3つのポイントを踏まえた良い学習法がある。まず、上述の通り基本的な文法を1週間から2週間でさらっと学ぶ。ロイヤル英文法とかイカついのはいらないので、ボップなやつをやればいい。その後、単語を増やすことも頑張って欲しい。単語については下部に別途記述した。
次に上記(2)(3)の実践方法。自分が普段使う日本語を記録して、全部「ネイティブに」外国語に翻訳してもらい、丸暗記するのだ。もちろん訳したものを文法的にも理解したほうがいい。ちょっと理想的な話になるが、自分に24時間レコーダーをつけて自分の発する言葉を記録し、全部文字起こしをして、翻訳してもらい、それを全部覚えるのだ。ただ、これは現実的ではない。私が今、中国でやっているのは、毎日何か言葉を発するときに中国語で表現できるか確認し、言えない、自信がない表現はメモしておきストックする。後でネイティブに全訳してもらう。自分の場合、幸い日本語の堪能な中国人の友達がおり、この翻訳はただでやってもらえている。ただ今の世の中、ネットなり友達伝いで、かなり安くこの程度の翻訳であればやってくれる人を探すことは簡単だろう。
語学の肝は継続である。上述した自分が発する表現を外国語に翻訳したストックをネイティブと話してガンガン使うべきだ。ネイティブと話すのはいいモチベーションになるし、そもそも語学の目標だ。ネイティブと話す時はできるだけネイティブに分かりやすい表現を使ったほうが会話がスムーズになる。(3)で作文しないで翻訳してもらうべき、と指摘したのはそのためだ。
こういう状況で、こういうことをいいたいなら、この言い方、みたいなものが言語には沢山ある。先の例で言えば「what are you up to? 」とか。こういう表現を使うと、仮に発音がやばくても意外と通じてしまう。また、ネイティブからしてみればストレスなく聞けるので発音が悪くても会話がスムーズにいく。こいつ話せる、と思わせることは重要だ。この人は話せないと思われるとあまり難しいことは話さないだろう。自分がもしグダグダな日本語で表現方法も不自然な外国人に会ったら、おそらく難しい話題は避けると思う。
(単語勉強方法)
単語は一冊上級レベルのものを買うのがいい。できれば例文付きがいい。どういう文脈で使うか分からなければ単語を覚えてもしょうがない。田村耕太郎さんの本に紹介されていたが、毎日10000語を眺めるのはいいと思う。一個一個しっかりやっていると疲れるし、時間をかけてもチラ見してもあまり効果は変わらないように感じる。なので、この上級の単語集を毎日、全ページさらっと見るのだ。毎日2ページずつとかいうやり方より、このほうが続けやすい。さらに加藤嘉一さんが紙の辞書を暇な時にランダムに読むと言っていたが、これも400語を眺める感じに似ている。そこまで力まないでリラックスして単語を吸収していこう。
上記が自分が考える効率的な外国語学習方法。人それぞれやり方はあると思うが、是非ご参考までに。

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