記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2013年05月

学歴なんて関係ないという人がいる。ある個人が自分の能力を発揮して成功する上で関係ないということか。(成功の定義は難しいところだが、単純に金を稼ぐと仮定しよう。)だとしたら同意する。例え中卒でも努力すればどんな道も切り開いていけるだろう。ただし、人から判断される場合には、学歴は重要である。初対面の人ならなおさらである。どういうことか。

まず、私自身ある程度、学歴で人を判断する。見知らぬ人を理解するためには一定の時間一緒に仕事をしたり、共に学んだり、遊んだりしないと分からない。初めて会った人などは
どう評価していいか分からない。

もっと客観的に説明しよう。ビジネスに置いて学歴の高い人は実績を出しやすいと言える。3つ理由があるが、まず第一に学歴の高い大学に合格したということは計画的に自分を律して勉強し知識を詰め込んこんだ証である。この能力があることと同時に、知識として学んだことも多い。

第二の理由として、大学の人脈にある。社会に出てから繫がった人脈よりも、大学の同期や部活、サークルの仲間の繋がりは深く、お互いの信頼が強い。ちょっとしたことでも気軽に相談したりお願いできたりする人が多くの業界や大企業にいるのは強い。特に有名大学の付属高校出身者はこうした繋がりが堅い。

最後の一つは、自信である。企業にいると何かと学歴のない人は自虐的だったり、自分の意見を言いたくても言えないように感じる。謙虚こそできる社会人、と無理やり考えているような人が目についた。(もしくはそもそも主張することがなかったのかもしれないが。)大きい組織ではリーダーシップを発揮してビジネスを進めて行く人の多くが学歴の高い人という印象がある。

上記のような理由が、学歴の高い人がビジネスでは有利だと言える。確かに一芸があれば、大手企業にも入れるようになっているが、それでも狭き門だ。全く知らない人間を採用するのであれば、学歴を見るのが一番早いのである。これは採用側や取引先から見た学歴の話であり、ほぼ初対面の人を評価する時に限ってのことである。


東大に入る、ゴールドマンサックス、マッキンゼーなど高給な会社に入社する、国連で働きたい、などこういったことが「目標」になってはいけない、そこで何を実現したいのかが重要なのだよ。というが、そんなことないだろう。

それは社会的に観たらよくないことだが、個人としてはとてもよいことだ。優秀な大学や会社に入ればチヤホヤされるし給料高い、窓際族に追いやられれば激務をしなくとも社会的地位、高給のダブルの至福が手に入る。大きい会社なら簡単に首にはならないだろうし、なっても転職先はある。

社会的に観たらそういう人間が増えれば会社は廃れていくのは必須であるのでこういう人間はお断りだ。採用担当者がしっかりブロックする義務がある。ただ一個人として、自分の主観的満足を最大化するには全然ありなのだ。これを否定してくる自分の利より社会の利を第一優先する変わり者ということになる。

欧米人はすぐに中国の生活に馴染む。日本人も人によりだがすぐ馴染む。変わった国として扱われている中国であるが、誰でも簡単に溶けこむことができる。これには理由がある。中国が無法でやりたい放題、社会規範が浸透していないだの言われるが、この「環境」がまさしくその答えである。人間の本性はやりたいことはやる、ということであり、道にツバを吐こうが、大声で人前で話そうが、人にぶつかっておいて謝らない、人の作品をコピーしてばら撒きみんなで楽しむ、まさに人間の本性である。

先進国で道徳規範を人間の本性に覆いかぶされ刷り込まれてきた人間は中国のこうした人間の本性に近い生活習慣に戸惑うだろう。しかし一度始めてみれば、なんという事はない。もとの素の人間に戻るだけだ。欧米人は日本人に比べると自己の欲に忠実であるし、合理性を好むので中国の「素」の生活にすぐに溶け込めるのだろう。表面的に中国バッシングしている人間は、せっかく先進国で苦労して耐えてきた道徳というものが覆されて戸惑っているに過ぎない。

個性を語るには、自分がどういう風に形成されているのか理解する必要がある。自分の家庭、会社、共同体、その文脈の中のどこに自分がいてどのような機能を果たしているのか。どのような要素の複合効果で自分が出現しているのか。自分の置かれている環境、社会の成り立ちを理解して、自分の世代や地理的場所、所属集団にのしかかっている大気圧を認識できた人間だけが、それを控除した後にも尚残っているものを自分の個性と認識できる。誰にも共有されなかった思考、誰にも言えなかった欲望、一度も言葉にできなかった心的過程を拾い集めること。個性的になれというがこれは大変きついことである。誰からも承認されないし誰からも尊敬されないし誰からも愛されない。それを覚悟して初めて個性的になれる。

私は86年生まれである。街でボーっとしていて考えたことがある。そこら中にいる人間がいきなり暴走する可能性はないのか。私だってやろうと思えば凶悪犯罪で社会に壊滅的なダメージを与えることができてしまう。彼らをそうさせない保証はあるのか。我々はひょっとして想像を絶するくらい脆弱な社会に生きているのではないか。

私たちの世代は生まれてからずっと劇的な価値の変動を経験していない。これは内田樹さんの著書に書かれていたことである。戦後生まれの人間は、大きな価値の変化を体験していない。極限的な貧困、近親者が虐殺された経験、戦争で人を殺したこと、貨幣が紙くずになること、どれも経験していない。ずっと安定した社会を生きてきた。戦後、特に私のようなバブル崩壊後の若者にとっては想像もつかない経験である。平和ボケ、甘く育てられた、と言われてもしかたない。ただし、これは責められることではない。

内田さんはこう言う。こういう平和ボケの人間が社会の中枢を占めてきている。極限下で露出する人間性の暗部を見た経験の有無は社会との関わりに大きな影響を与える。今の我々の社会は、こうした暗部を目撃した人たちが後の世代に対して残した夢なのである。極限状態で、指揮官が責任を取らないとどのような破壊的事態になるか、そういう恐ろしさを私たちは知らない。

古くなるが雪印や日ハムの例で、責任を先送りにして会社を潰した。彼らサラリーマンはもう横しか見ない人間、平時に慣れきった人間なのである。みんなやってるから大丈夫と思える人間は、会社の外側の最遠として同業他社までしか見えていない。その背後にも世界が広がっていて、業界外には法治国家があり法律を犯せば罰せられるという事実が見えなくなっているのだ。というか感じられなくなっている。

暗部を見た世代は、もっと目線が遠いでしょう。ある集団内のローカルな常識がいかに脆弱なことか知っている。しかし我々世代はこうした常識が覆された経験を持たない。そこには大きな違いがあるだろう。自分たちが平和に暮らせるこの安定した社会制度がほんの少し前にある世代の人々に作られたただの舞台の書割に過ぎないのである。これらがいつ壊れてもおかしくない脆弱な制度だと肝に命じるべきだ。

この社会は私がやらなくても誰かが支えてくれる、というのは楽観で、そんな誰かは存在しない。日本がダメになり始めた70年代、明治大正生まれの暗部を見た世代が舞台から去ったときである。この頃から日本では広く世界を感じ取れる人間がいなくなった。また世界が同じ過ちを犯すのではないかと憂いている。

幸せに生きたいと思ったらとりあえず自分を無条件で受け入れてくれるような家族の存在、一緒に語れる友人との関係を築くことが必要だし、集団の中で敬意を払ってもらうことも必要だし、セックスする相手も必要だし、犯罪の少ない平和な社会が必要だし、通貨も安定して自己資産の安定していることも必要だし、国際関係もよくなくてはいけないし、環境問題も解決されなくてはいけない。

自分だけでは幸せは実現できないのだ。長期的に幸せを築こうとすれば上述のように外に向けてどんどん条件が広がっていく。ロックやホッブズが近代市民社会論で市民に対して利己的に振る舞うことを勧めたのは、人々が利己的に振る舞うこと=もっと広く自分の住む共同体の利を考慮しなくてはいけなくなると考えたのだ。

ビジネスの良さは、何か新しいことをするとその結果がすぐ出ること。その反応の存在と速さ。ビジネスは全員が同じルールのもと参加しているゲームである。他の人間関係はこれほど分かりやすくない。彼女との関係、友だちの関係にしても、それぞれ個人の独自のルールでインタラクトしているので、難しい。家の中の人間関係よりビジネスのほうがはるかにやさしい。自分が工夫したり挑戦すればその結果がするに評価される。また、毎日の具体的な仕事に関しても、やったことに対してポジティブなリアクションがあると楽しいものである。

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