記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2013年08月

明日は昔の友だちと食事、来週はこの前知り合った人と飲みに行く、など普段の生活で人と会って交流することは人間の最も重要な活動の一つである。では、人と交流するとは何か。人と会って何をしたいのか。普段人と会う際に目標を明確になどしないだろう。

友達なのだから一緒に笑うことが友情だ、みたいなノリはあまり好きではないので、冷静に人と会うことがどういうことかを考えてみよう。シンプルに考えるため、友達と一対一で会う場合、何が目的となるか考えてみたい。初対面の人が以下の1〜4の順番で交流していくだろう。といっても1や2で終わる人もいるし、4まで行くのは一生に一人いるかいないかみたいなところだろう。

(1)自己紹介
自分の考え方や、過去にやってきたこと、今後どういうことをする予定かを相手に説明して理解してもらう。または、相手のそれを聞く。これで相手を理解したら、以下のパターンに移ることになるだろう。本当はどんな人でもその人の過去や考えという土台を理解してから交流すべきだが、往々にして、この自己紹介を飛ばして以下に入ってしまうこともある。

(2)特定のトピックについて自由に話し合う
共通で知っている事柄について話し合う。その分野での自分の見解を話し、相手の感想や批判を聞き、その分野を探求する。趣味などの領域だけでなく専門的な分野もだ。テニスが好きな人と合えば、スイングの話や道具の話、あの選手のサーブのラケットの使い方がうまいなど、いろいろな話をするだろう。自分の考えがフィードバックを受けたり、自分が知らなかった情報や考え方が相手からもたらされる楽しさがある。スポーツの話題だけでなく、歴史や宇宙、ビジネスの話もこの類に入る。久々に近況の報告をし合うというのも、特定トピックになるだろう。ちゃんと両者が深く話せるトピックがないと、グダグダになる。このようにして様々なトピックを話すことで徐々に相手の性格や考え方が分かってくる。

(2’)同じ感情を共にする
これは上記の2に近いが、特定の経験を共にし感情をともにするようなこと。例えばスポーツの試合が終わった後の打ち上げなど。ひたすらその日の試合を振り返り、あれこれ議論する。また、学生の飲み会もそうだろう。ひたすら酒を飲み我を忘れる経験をみんなでして、同胞意識を感じて喜ぶ。映画を一緒にみて議論するのもそうだろうか。カラオケでひたすらストレス発散するのもそうだろうか。愛人とのセックスもそうだろうか。

(3)何か企画・計画する
何かビジネスで、両者で協業できないか、新しい事業計画に対するブレストなど、何か将来両者が関与して実行することを話し合う。今後の計画をするのは、何についてでも面白いものだ。

(4)ただ一緒にいるだけでOK
ただ相手と一緒にいて話の内容に意義がなくてもOKなもの。本当の恋人の関係だろうか。内田樹さんの本に書いてあったが、自分が発言した言葉をあいてがオウム返しするだけでも、満足に感じることがあるようだ。好意を持っている人であれば、ただ同じ時間を共有するだけで幸せとうことだ。


先日少しの間、日本に帰国していた。日本の素晴らしさに感動した。街が綺麗。道路が綺麗。コンビニの清掃が行き届いている。陳列綺麗。店員が清潔そう。車の運転が奇跡的に規則に従っている。サンキューサインのような感謝の気持ちを伝えることに感動。運転が丁寧。

次に、感動ではないが、日本と中国と大きく違うことを再認識した。それは格差である。中国では、超金持ちそうな人と超貧しい路上生活の人がほぼ同じような区域に住んでいる。日本はみんな基本的には平等であり、中流階級以上でなければ恥ずかしい、という常識がある。貧乏な人はきたない格好で街を歩けないし、金持ちも露骨に金持ちアピールできない。他国、特に中国では様々な階級が同じ場所に共存している。貧乏人は金持ちに嫉妬したりしないし、金持も汚い貧乏人を気にしない。

話が逸れたのでもとに戻すと、日本のサービス精神は素晴らしく、今回の帰国で凄くおもてなし精神を感じた。ただし、これは裏を返せばサービス提供者に多大なストレスがかかっていること意味する。中国ならコンビニ定員なら商品補充してレジ打ってれればいいが、日本なら明るく挨拶、店内を常に清潔に、商品の配置を記憶、道案内、などなど暗黙的に課される任務が多すぎる。中国ならそんなもん私に関係ないで済まされる。いくら相手がえらい人でも関係ない。自分が世界の流れ中心なのだ。

こう考えると働く側からしては日本はめんどくさいが、客として生活のするなら日本は最高だ。だったら若いうちは海外で熱く働き、リタイヤしたら日本では過ごせばええじゃないか。若い時に中国のように厳しくサービスの質が求められないところで働くべきというのは何も楽をするためではない。本来のサービスに高い質を求めるのは世界共通であり、日本のようにその周辺のことにまで気を使っていると本来のサービスに集中できなく雑音が増える。新しいサービスのを生み出すにはこういう環境には適さない
。まあそれ以前に海外の生活は今まで生きてきた環境にと違い刺激があるのでそれだけでも海外にいるのは楽しい。



仕事にめっちゃ本気で熱くなれるのは次の2パターンしかない。その商品やサービスがめっちゃ面白くて広めたい、改善したいと思う場合。もしくは、めっちゃ成長産業にいたり、めっちゃ儲かりそうな事業で、自分へのリターンがある場合。

これら2パターンに入れるようにするには、自らこのような環境を作るというのが望ましいが、運も関係する。

今、この2パターンに当てはまらないにも関わらず、自分の仕事が楽しいと言っているサラリーマンは残念ながら、そう信じたいと思っている可哀想な人だ。言い換えれば、努力や教養が足りずにそういう環境に身を置けていないか、運がない人たちだ。

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