記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2014年05月

日米のシンクタンクで長年考え続けて行動も起こしてきた田坂広志氏の「企画力」を読んだが、要点のみで最低限の例が示され非常にわかりやすかった。しかし、著者がいつも言うように、知識としてわかっても自分の中に取り込まれて知恵にならないと意味が無い。私も内容は理解したが、実践でこれらを活かして自分の知恵になるように努力しよう。

本のタイトルである、企画力とは、ひとごとで言うと「人間と組織を動かす力」のことである。企画とは実行されて初めて企画と呼ぶ。実行されなかったものはゴミと同じ。企画は魅力的な物語である。共感の物語として企画書を創りその企画書によりそれを読む人間を動かしそして人間を動かすことによってい組織を動かすのだ。

以下、備忘と紹介をかねて本書の内容の面白い点を要約し前後の関係をみて敷衍した。
  • 企画書では面白みのある人間を表現しなくてはならない。面白みのあるとは、現実と夢のバランスの取り方が面白いのだ。ただ現実を受け入れているだけでなく、夢を見ているだけでもない。そちらの極にも流されず粘り腰でしたたかにバランスを取りながら歩み続けている。
  • 一流なコンサルタントと二流のコンサルタントとの違いは言葉の重みだという。それは2つのことから由来する。まずは実戦経験の乏しさ=体験の乏しさ。企業の現場での体験が少ないため、体で掴みとった知恵に乏しいのだ。頭で理解した知識は豊かだが皮膚や呼吸で掴みとった知恵に乏しい。そして言葉というのはそうした体験や知恵に裏打ちされていないと軽くなってしまう。もう一つは無意識の無責任さ。二流のコンサルタントは無意識に私の責任は企画を立案することで実行するのはクライアントの席んと思っているので、その企画と実現までに責任を取り切るという覚悟に欠けている。これらはは彼らが明確に意識しているわけではないが心の奥底にある無意識の無責任さがその言葉を軽くしてしまう。
  • 何を行うかよりも、なぜ行うかを語れ
  • 多くの場合、上司や顧客は「いかなる問題意識を持つべきか」「そもそも何を問題とすべきか」をまず提案してほしいと思っている。
  • 3の原則。3つの理由は説得力と読みやすさのバランスいい
  • 企画書には箇条書きなどに番号を付けるべき。参照しやすいし、単に黒丸の箇条書きだと思考の甘さが見えてしまう。
  • 顧客企業の担当者は同志だ。我々と一緒になって顧客企業の組織を説得してその企画を実現する同志。社内を説得しやすいように進化させるべき。担当者にその後の上司への報告や関係部署との会議の場面を浮かべてもらい提起される可能性のある批判的な意見を教えてもらう。
  • 個人技に頼る前に組織戦。企画書がひとり歩きしても説得力を持つようにする
  • 誤字脱字は一瞬で読み手を冷めさしてしまう
  • 仮説を決めて迷いを捨てるべき。そうすると一貫性が生まれる。腹の座らない企画書はだめ。
  • 結局は、「面白い、もっと話が聞きたい」と顧客が感じるかが勝負。
企画書を書く頻度が結構あるので、これらを次回は意識して取り組もう。実際これは企画書に限らずこういったブログもそうだしあらゆる読者がいるアウトプットについて当てはまる。本書では、もっと具体例を出して分かりやすく構成的に書かれているので是非読んでみてほしい。

スティーブ・ジョブズの「今日が人生最後の一日なら何をするか」のスピーチを聞いて多くの人が自分の人生について再考しただろう。以前、以下の話を上海で聞く機会があったので是非紹介したい。いい話だ。誰の著作物かは不明だが。。。

ーーーーーーーーー
今、わたしたちは10年後のタイムマシンで戻ってきた存在だというお話。

想像してみてください。
10年後、◯◯才になったあなたを。
「人生、こんなはずじゃなかった・・・やり直せたらいいのに」
と後悔しています。

そこで神様が現れて、あなたにこう言います。
「では、10年前に戻してあげるから、もう一度だけやり直しなさい」

あなたは決意を新たにして、神様から与えられた10年を生きるために、
実は、「今ここ」にやって来ていたのです。

もし、このお話が本当だったら、今日から、
今、この瞬間から、あなたに出来ることは?
ーーーーーーーーー

こりゃやる気出ますな。みなさん天々向上していきましょう。 

田坂広志さんの講演「なぜ、我々は志を抱いて生きるのか」をyoutubeで拝聴した。以前、朝ナマで見て以来、田坂氏には注目していたが、偶然youtubeで発見したので聴いてみたらやはり凄かった。内容は特に斬新なものはなかったが、田坂氏の熱さを感じ早く何か大きなことにチャレンジしたいという志が自分の中に沸き起こってきた。やるなら面白いことをやりたい。長期的に社会や人類、宇宙などから説き起こした大きな思想に基づくことをやりたい。そう思った。

それはいいとして、彼の著書の中でKindleで買えるものを3冊読ばかり読んでみたが、予想通り非常にためになるものであった。今日はまず、「弁証法―ヘーゲルが分かればIT社会の未来が見える」を紹介しよう。

田坂氏は長年米国と日本のシンクタンクで物事の本質を洞察すること、社会の未来を予見すること、政策や戦略を立案、インキュベーションの仕事をずっとしてきた人であるが、日々、弁証法を使っていたそうだ。弁証法とは(田坂氏はヘーゲルの弁証法を基にしているようだ。)概念が自己内に含む矛盾を止揚して高次の段階へ至るという論理構造。

本書では、弁証法の法則として、「螺旋(らせん)的発展の法則」の説明に多くを割いている。物事は螺旋的に発展する。直線的に発展するのではない。螺旋階段を登るようにして発展していくのだ。横から見ていると徐々に上に上がって行くが、上から見ていると中心をぐるぐる回っているようにみえる。昔の場所に戻っているのだ。しかし、これは一段高い場所である。すなわち、発展と復古、復活が同時に起こる。例として、昔の競りや指値→ネットオークション、生協などの共同購入もギャザリングとして復活している。より便利になって一段高くなって復活しているのだ。今後も懐かしいものがよりレベルが高くなって復活するはず。

今後の動きを予見するには、螺旋的発展によって何が復活してくるかを読む。合理化と効率化の中で何が消えていったのかを見る。その段階でなぜそれが消えていったのかを考え、新しい技術や方法でどうすれば復活できるか考えるのだ。例えばコンビニは合理化のために均質化したが、今では逆に書く店舗ごとのオーナーの工夫や個性的な取り組みが行われている。また中間業者がインターネットにより駆逐されたが、現在、御用聞きのような形で顧客よりの中間業者が現れる傾向を指摘しているのも面白い。

これらはどれも弁証法を使い対立し争うかに見える2つのものがある意味で互いに相手を内包していき結果として両者が統合されていった結果である。その他、以下のような法則もあるが詳細は本書を参照されたい。
  • 量が増大し一定の水準を超えると質の変化が起こる。水が温度を上げていくと水蒸気に変わるように。
  • 争っているもの同士は互いに似てくる。
すべての物事にはその内部に矛盾が含まれているがその矛盾こそが物事の発展の原動力である。そしてこの矛盾を機械的に解消するのではなく、弁証法的に止揚したとき物事は発展を遂げる。

矛盾に対峙するときに、決して「割りきらない」ことがマネジメントの要諦。例えば企業経営では利益追求と社会貢献の矛盾があるが、これを割りきってどちらかを1つを追求すれば発展は見込めない。この矛盾を「止揚」するのだ。止揚とは互いに矛盾し対立するようにみえるものをいずれか一方を否定するのではなく両方肯定し包括し、統合し超越することによりより高い次元のものへ昇華することだ。

松下幸之助は、企業はまず本業を通じて社会貢献する、利益とは社会貢献の証明である、多くの利益が与えられたということはその利益を使ってさらに社会貢献せよとの天の声だ。といい両方を取り入れて止揚したのだ。

割り切りとは魂の弱さである。この世の中に存在する様々な矛盾を前に「割り切る」ことなく格闘し続けることである。このような姿勢はビジネスでもスポーツでもかならず必要である。頑張ろう。

本書は、非常に読みやすく構成されている+無駄な言葉が一切ない。本書の良さをあまり伝えきれなかったので是非読んでみてほしい。簡単な言葉で書かれているが、何度も何度も読む必要がありそうだ。 

レアジョブが6月末頃に東証マザーズに上場することが承認されたらしい。昔、その事業内容とビジョンに惹かれて短期間であるがインターンとバイトをしていたので自分にとっても非常に嬉しい事だ。おめでとうございます。さらに、やはり知っている人が上場したというのは凄い刺激になる。世間の反応を見ると決算が悪いので、この時期の上場は賢明ではないなどのネガティブな意見もあったが、まあ、どのようなビジョンを描いているのか次第だろう。

今日はレアジョブの事業内容とそのビジョンについて考えてみたい。レアジョブのコーポレートサイトを見ると、ビジョンとして以下のように書いてある。

”Chances for everyone, everywhere.
新たな学びを得るチャンス。
才能を開花させるチャンス。
新しいなにかに出会えるチャンス。
レアジョブはこれらのチャンスをインターネットを通して、あらゆる人と場所に届けます。
そして世界中の人々が国境や言語の壁を越えて活躍できる社会を創造します。”

英語を誰でも手軽に学べる→英語を使えるようになる→英語を使った仕事をできるようになる→活躍の場が広がる→日本人は海外でも働けるようになったり、日系企業は海外市場進出できるようになり日本にとっては良いこと!さらにノンネイティブ英語スピーカーの他国の人にも同じことが言える。という論理だろうか。まあもちろんレアジョブのレッスンだけでは英語の仕事を得ることはできないが、手助けにはなる。

実はこのコーポレートサイトを久々に見て驚いた。自分ががもともとレアジョブに興味を持ったのは、以前はここに書かれていた2つのビジョンについてだ。1つは、クラウドソーシングとしての可能性についてでもう一つはフィリピンに雇用創出するということ。恐らく、事業を推進する上で明確な目標が1つあるほうが進めやすいし社内外でコミュニケーションをしやすいから、削除したのだろう。

私が特に興味を持ったクラウドソーシングの側面。ネット上で、物理的に遠いが物価の違いがある日本とフィリピンを繋いでウィンウィンなサービス。日本人は安く英語を学べて、フィリピンにはそこまでスキルが必要ない雇用を生む。これはまさにインターネットの醍醐味である。私が持っている日本では役に立たないスキルが、地球の裏側ではお金を出してくれる人がいるかもしれない。そういうのを結びつけるのがインターネットだ。「”Chances for everyone, everywhere.」であれば、クラウドソーシング的な事業を今後行う可能性が高い。むしろ英語事業よりもビジョンに沿った内容だ。

事業モデルを見ると、現状、マンパワーに縛られた利益率が低そうだ。一回のレッスンが130円くらいでその内の多くはフィリピン人講師のもの。利益を伸ばすなら講師数と授業数を増やすしか無い。自分がいるゲーム業界みたいに原価ゼロのアイテムを売って青天井みたいなものとは正反対だ。

DMM英会話にも抜かれそうな感じが漂っているし、いずれにせよ新しい収益源が必要だろう。個人的には、英語にこだわらずに、スカイプを通じて提供されるサービスのクラウドソーシングのプラットフォームとして世界に挑戦してほしい。

脳科学者か何かの茂木健一郎さんが軸がある人は頑固なようで実はフレキシブルでどんな環境やどんな人とでもやっていけると言っていたが、私も同意する。茂木氏はいいっぱなしでその理由を述べていなかったので私が解説しよう。

世の中には一方的に自分の主張をしたり偉そうに振る舞う人がいるが、そういう人はいたって軸がない。軸があるとはどういうことか。それは、必ずしも考え方に一貫性があるということではない。

まず、世界の前提をちゃんと理解している必要がある。世界の前提とは、「人間はどうあがいても真理に到達できない。」ということ。人間とは何なのか、宇宙とはなにか、良いこと悪いこととは何か、などなど全て分からない。今人間が真面目に仕事したりしているのも、よく考えれば滑稽なことで間違った仮説に沿っているかもしれない。

では、軸があるとはどういうことか。どういう人か。それは、そのような掴みどころがない世界で、それを前提にしてその上で自分の思想を確立している人だ。自分は間違っている、世界の真理とは全然違うかもしれないが、でも自分はこういう考えが好きだ、という主観的な考え、これが軸なのだ。だから、その人の世界観はその人独自である。

重要なことは、こういう人は他の人に対して寛容である。なぜなら世界に絶対はないことを知っているから。他人にも他人が主観的になにか好きなことを信じたり主張することを認めているからだ。こういう軸がある人間は、間違いなく人に上からものを言ったり否定したりしない。こういう軸のある人は少ない。上述したようなことを理解している人は結構いるかもしれないが、世界に絶対がないという事実がしっかりと心に根ざしている人は少ない。

昨日、山本七平の「日本人とは何か」の読書会第二回を行った。律令制の成立から仏教伝来の前までをじっくり検討した。この辺は、中国からがっつり影響を受け始め、日本が国として1つにまとまっていく過程である。

今回は第三章の律令制の成立について、また、そのための神話の成り立ちなどについて考察している。読書会で確認した箇所を中心に備忘記録で書いておく。ちなみにこの本の趣旨は山本七平が外国人から質問攻めにされて困ってじっくり回答をまとまたような本だから、まずは外国人の突拍子もない質問と山本七平の回答から紹介。

■天皇とはどういう存在か。
Q:天皇はオリエントの神官王と同じようなものか?
A:教皇は世襲ではないにしろ一王朝のように継続しているのではないか、ペテロから数えれば124世を超えるのではないか。宗教的ないしは文化的権威の象徴といえる存在はその文化が継続する限り宗族して当然ではないか。
Qでは天皇は日本人の教皇なのか。
A:天皇を教皇に、足利将軍を実権なき神聖ローマ帝国皇帝に、分国大名をその帝国の大諸侯になぞらえている。(山本七平はこの質問を受けた後に人からこのように聞いたらしいが、当時はうまく答えられなかったとのこと。)

教皇とは神の権威を背景に聖書聖典への解釈権と教会法とカトリック教団という組織を持っていた。また、ある期間では、全西欧の帝王のように教権も帝権も行使していた。(インノケンティウス三世のとき)

一方、天皇は、律令時代、絶対的権威である唐を背景に導入した法や制度を日本的に解釈し改訂し、施行すべき律令を制定し、それを実施する組織を持っていた。確かにその権威は外来の典拠にもとづくが一神教も聖書もまたヘレニズム世界にとって外来の典拠だったはずである。

■律令制
律令制とはどういうものか。律令格式。左から順に、懲罰的法規、教化的行政法規、律令の改正補正的規則、施行細則を意味する。その基本的概念は近代法と違って、儒教的道徳社会の実現という理想を目指す法体系。ある意味旧約聖書の律法トーラーと似ている。各人がその法規を厳守すれば神の直接支配である神政制テオクラナイアが成立する。

中国の場合、皇帝=聖人、官僚=君子、そして律令が順守されれば孔子が理想とした王道の国、理想の社会ができるはずであった。そこで法を現実に運営する官僚は聖人の教えを完全に知り、かつ身につけていなければならない。そのため科挙が必要。

■日本の律令制
日本は上記の律令制の基本に関心を持たなかった。なぜか。理由は2つ。1つは、この理想は律令の理念だが、これが理念通りに実施されたのは中国でも宋の時代で、唐時代がまだ完全に科挙にもとづく官僚制になっておらず、貴族の登用と並行していた。第二に日本の留学生たちは当時の世界で最高の文明を誇る世界帝国唐の都に圧倒され、一面ではこれと対抗しつつ、同時にひたすら日本もあのようでありたいと願ったため、外面的な模倣とその整備に重点が置かれた。

科挙なし律令制になった。これは選挙抜き民主制。科挙に合格したもののみが官職につきうる。これは誰でも受けれれる。ここに世襲が入れば律令の基本精神は崩れてしまう。中国ではこの体制が完成させていったが、日本は別の道をあゆんでいる。というのもこの律令制を導入するのは、当時の日本に要請されている政治目的に合わせてこれを利用することが目的であった。

■大化の改新
645年、皇太子中大兄皇子は、中臣鎌足と、宮廷内クーデターを起こし、朝廷の実権を握る大豪族の蘇我入鹿を暗殺し、その父の蝦夷も滅ぼし、叔父の孝徳天皇を擁立して自らは皇太子として実権を握り新政府を組織した。そして改新の詔として四か条の基本政策を公布した。
(1)氏族制を廃止し、皇族と諸豪族の私有地と私有民は公地公民とする
(2)京師、国郡里などの地方行政組織を置く
(3)全国民の戸籍を編成し班田収授法を実施
(4)租庸調などの統一的な税制を実施
骨の代から職の代へ。それまでは、氏族制度における皇室と豪族の個別的支配と職業部の管理機構を基とする朝廷の世襲的な職業組織を否定し、中国の律令制にならい、公地公民制を基礎とする中央集権的官僚制的な支配機構を打ち立てる。

668年に即位して天智天皇となった中大兄皇子は、宮廷の官制の整備は進めて行った。天智天皇が死ぬと、大海人皇子と大友皇子が帝権を争う壬申の乱が起き、大海人皇子が勝ち天武天皇となり、律令的な国家制度の整備が進められた。次の持統天皇が上皇になった701年に大宝律令が公布されこれがその後一部改正され養老律令となる。

■どういう時代背景?
この間の傾向は、氏族制度を律令的な中央集権国家に変革することであった。なぜか。まず、超大国へのあこがれと、同時にその勢力が次第に朝鮮半島を南下してくることへの恐怖があったからだろう。これは幕末の日本人が東進してくる西欧に対して抱いた感情とにている。一方には密航してでも西欧から学びたいという気持ちと一方は来たら死に物狂いで打ち払わねばならぬという恐怖。

相手に徹底的に学んでそれで相手に対抗するという方法。白村江の戦いで唐の水軍に完敗したのと、敗戦後に徹底的にアメリカに学ぼうとした姿勢がよく似ている。昭和天皇は敗戦直後にこの白村江の戦いの敗戦に言及している。

■大化の改新後
中央を支配する有力な豪族の間では、天皇家の地位は相対的に低下。中国が権威となるとより中国化している韓国と韓国系の渡来人とそれに支持されたものが権威になる。新しい政府を構成したのは中央の豪族だから日本全体としてみた場合、強力な天皇を中心とした中央の豪族が律令を持って全日本を支配する体制を生み出した。律令国家で支配階級となったのは畿内の豪族出身の貴族だったからである。だから彼らは天皇による改革を支持した。中国の科挙のある律令制と基本が違うが、外形は似た制度をもつ中央集権国家となった。

743年に墾田永年私財法で公地公民制は半世紀で崩壊。農民の逃亡が増える。彼らは開墾地をもちあるいはさらに開墾を進めようとする地方の豪族や有力農民のもとに身をひそめ、税を逃れてそこで働く。またこういう社会そのものから逃れようとするのは僧になってしまう。これは禁止されていた。

■何故科挙なしなのか?
(1)日本が科挙を取り入れなかったのは、その段階に達してなかったからではないか。養老律令には、秀才、明経、明法、進士などの科を設け、諸国からの受験生を試験することになっていたが、日本はまだそれだけの中国文化の蓄積がなかった。そこでそれらの学問が特定の家で世襲され、その家に生まれたものはその学問を教えこまれるという形になった。明経は清原、中原二氏など。

(2)さらに、日本は中国の聖人の教えて学ぶだけでなく、自らの文化を形成することにむしろ熱意を持っていた。隋唐以降の中国人は政治を至上の仕事と考えた。すなわち人間の救済を政治に求め、皇帝が天命を受けた聖人で、その下の官僚が聖人の教えを完全に身につけた君子なら民は救済されるはずであり、それを求める体制が律令制でそれを担う官僚にその資格があるかいなかを試験したのだ。だが日本人はそんなに政治に熱くなかった。むしろ天皇以下、歌や文章をつくる生活に熱中していたように思われる。徳川時代の歴史家三宅観覧はこのような芸術志向、政治無視のため天皇はその政治的権力を奪われたと批判。

世襲の貴族たちはあらゆる面で美を競い、しばしば華美禁止令が出ているがそれらは無視された。後に武家は政権をとったが、この日本の古典文化に深い畏敬の念を持ち、同時に公家に劣等感を持っていた。ローマを攻略したヴァンダル族ではないからこれらの文化を崇敬しても破壊はしなかった。これが律令制が消えても日本文化の総家元のような形で天皇制が継続できた理由の1つ。

■日本の律令制の特徴
中国では皇帝が一人で政治の意思決定をして、毎日朝から晩まで激務だった。一方、日本では天皇の下に太政官と神祇官がいるが、太政官が全ての政務を実質的にできるようになっており、天皇はそれに承認を与えるだけだったが、太政官は神祇には関与できなかった。日本の場合、天皇の任務の中で祭儀が非常に大きな比重を占めた。政務においては太政官の権限が多くなっていったのが摂関制である。

その後の流れをザクッというと、これと世襲制が一体となり、藤原一族の中の北家が太政官の機能を独占し、天皇の統治権を代行するようになりこの体制が定着し、藤原家が勢力を失うと院制となり平家がそれを代行し、ついで平家が滅びて源氏が出て今度は太政官の代行を幕府が行うという形で武家政治へと進んでいく。

教権と帝権の分離は、伝統と外来文化の折衷により生み出され、神祇官と太政官は併存し、序列は神祇官の方が上だが、それは政治には無関係。

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第4章は、神話と伝説の世界について。日本神話では、ヒコホホデミが海の底に下って海神ワタツミの娘トヨタマヒメと結婚し、そこからウガヤフキアエズが生まれ、彼とその叔母、すなわちトヨタマヒメの妹のタマヨリヒメが結婚してカムヤマトイワレヒコすなわち神武天皇が生まれる。日本書紀では、ここで神代から人代に移る、なっている。これは道教系の淮南子など中国の影響を受けている。

■MISC
  • 西欧のGODと混同や混合をしなかった時代のカミとはどのような定義だったか。新井白石と本居宣長が解説。一般的定義で、政府をオカミ、上流をカワカミ、国の中心地をカミガタなど、ごく普通に非常に広い意味の上成るものを指す。
  • 古事記は712年天武天皇から稗田阿礼に伝授された内容を太安万呂が記した。万葉仮名で。学者はこの序文は後代の加筆ではないかと疑い漢文で書かれた日本書紀のほうが先にできたとみることもある。日本書紀は、天武天皇の皇子舎人親王が720年に編簿。道教の淮南子えなんじからの影響、三五暦記からも影響。
  • 天地創造神話には進化型と創造型があるが、日本の神話ははじめ進化型で、後に創造型というより出生型に変わる。

■なぜ日本書紀が宮廷の事業として編集されたか?
唐から律令制を導入するのと並行し、なぜ神話の集大成というべき日本書紀が宮廷の事業として編簿されたのか。日本は中国の影響を強く受けたが日本神話は中国神話の運命をたどらず逆に宮廷の事業として集成された。この問題はなぜ大宝律令は中国と違って神祇官と太政官がしかも神祇官が上位の形で併存したのかという問題と関連する。

これは律令は輸入したが、それを実施する前提が日本と中国で違っていたことだ。当時の中国は長い歴史を経た先進国で正統性の理論は孔子孟子により既に官制していた。それは天子とは北極星を中心に整整ととめぐる天の秩序を地上に再現すべき存在であり、最も徳の高いものにそれが可能だから天がその者を天子に任命する。これが天命で、この孔子孟子の思想から唐の時代まですでに千年近い歳月が流れ1つの伝統となった。

そして律令制とはその伝統により形成された制度だが当時の日本にはそのような思想も伝統もなかった。そこで律令制を導入するという大きな改革をする中で、その主導権を発揮する天皇の正統性は何にもとづくかという疑問は当然にある。そこで既に5百年以上つづく祭儀権の継承性とその祭儀の対象である神話の神々たちにこれを求めるのがごく普通の帰結であろう。そこでその正統性を根拠付ける書として日本書紀が編簿された。

天皇は神を祀るもの。神祇官であり、祀られる対象ではない。日本の神話の神々の多くは祀られる対象だが天皇はそうではない。祈祷の対象でもない。病気をなおしてくれとか災害から救ってくれとか天皇に祈ったという例はない。逆に困難があったときは天皇が神々に祈る。ではなぜアラヒトガミといわれるのか。それはアラヒトが人であり、神代の神々はアラヒトではない。ではなぜアラヒトにカミがつくのか。それは簡単にいうと統治者への尊称である。

神話の神々をたじめとして多くの神道の神社が建てられたことは日本の歴史に大きな影響を与えた。というのはその神社を起請の対象とすることで契約集団を構成し、日本をアジアの中で極めて特色ある近代化しやすい社会にした。古い神々を保持した保守性が逆に最も新保しやすい状態を現出したのだ。

→まとめ
ゆるく祭祀を中心に各地でまとまっていた骨の代から、統一的な中央集権組織の大和朝廷の職の代へ。どういう流れかというと、中国の南下からの危機及び中国という対抗へのあこがれで律令制を導入する。しかし、日本は儒教思想を含むパッケージとしての律令制をそのまま取り組むことはできなかった。遣唐使を介してその膨大な情報を十分に吸収できず中国の文化の蓄積がなかったことに加え、日本の歴史的な流れに儒教がそぐわなかったとも考えられる。その天命思想を日本に導入する抜本的思想改革は難しく、朝廷は日本書紀をまとめて天皇を中心とした中央集権国家の正統性を作りなおした。これは卑弥呼くらいから続く祭祀を軸にして天皇を神の子孫として特別な存在にしたものだ。

養老孟司先生の本に興味深いことがまた書いてあった。男女学生100人の顔をコンピュータを使って重ねたら美男美女の顔ができたという。サンプル数を多く取り、徹底した平均顔をつくるとひとりひとりの個性、言い換えれば欠点が相殺されていわゆる整った顔になる。人間は人間の顔を色々見て育つから、いつの間にか平均値を知っていてそれを美しいと感じるわけだ。美人顔とは世にも稀なる顔ではなく、ごくあたりまえの顔だったということになる。

これを読んでで考えさせられた。これは、別に人の顔だけに言えることではない。もののデザインなど視覚にだけに言えることでもないかもしれない。聴覚、嗅覚についても平均的なものが美となるかもしれない。しかし、ここでいう美とはなにか。

私は、「美」とは「知覚する人が落ち着くこと」だと思う。美男美女を見ると、特に何も感情が揺さぶられるわけでもなく落ち着くはずだ。逆にブスを見ると、何かしら感情を抱くだろうし、または、ちょっと変わった顔をしている人に興奮するかもしれない。(これが趣味というやつだろう)だから、美とは好き嫌いとは別次元であり、落ち着きを与えるものなのではないか。

例えば、あまりに散らかった場所では落ち着け無いし、逆に塵一つ無い清潔すぎる場所でも落ち着かない。例えば落ち着く場所の代名詞スタバなどは、この中間に位置する、いわゆる「美」にあたる。綺麗すぎず静かすぎずある程度清潔感があったりする感じ。平均的なので美なのだ。こうした認識は、新しいサービスを創造するのに役立つかもしれない。

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