記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

2014年06月

人間とは何かを考えていたら、人間の特徴は情報空間での思考であり、それは何故生じるのかというの人間の持つ「抽象力」と「言語」である。という結論になった。まずは、情報空間と物理空間について説明しよう。

■情報空間と物理空間
最近、苫米地さんの影響なのか、この言葉をよく意識する。物理空間とは要するに我々が五感を通じて感じることができる、物的な空間である。私たちが認識しなくても、ずっと存在し続ける空間である。もちろんこれも五感を通じて脳内で感じているだけなので幻想かもしれないがとりあえずみんなに平等な客観的な事実だということにしよう。

そして情報空間(抽象空間)とは脳内で想像すること。「明日は仕事の前にジムに行こう」とかそういう風に脳内で考えるのは情報空間のできごとだ。例えば、企業での戦略会議などでは情報空間での思考が中心になる。物理空間を描写するなら、会議室に10人くらいの大人がじっと座って、ほとんど動かず話し合う。物理的にいうと人間が10人いて、空気振動が起こっているだけ。しかし、抽象空間を見ると、参加者一人一人の脳内では、いろいろな心象が発生している。

■言語
言語があるということは、目の前にあるもの以外について想像したり、シュミレーションしたり、人とコミュニケーションが取れる。言語がなければ、目の前のことを五感で感じて、終了。もしくは、頭のなかでぼんやりした思考ができるだけで、複雑なことはできない。

動物と人間の違いを考えると、人間の特徴が理解できる。動物はほとんど物理空間でしか生きていいない。言い換えると、人間以外の動物は、通常五感などを使ってひたすら「今」を生きている。「今」とは要するに物理空間である。人間の場合は、情報空間で思考を進めることができる。過去を振り返ったり、未来のことを考えたりできる。これは言葉があるからに違いない。もし人間に言葉がなければ、あたかも人の顔を思い出したり、去年旅行したあの場所を思い出すかのように「イメージ」を浮かべて思考しなくてはいけない。これでは内容が前に進まない。動物とほぼ同じく「今」を中心に生きることになる。

例えば、今素晴らしいバイオリンの演奏を聴いたとしよう。その音色に感動するに違いない。それは、物理空間の話だ。この美しい空気振動が耳に入り、脳に刺激を与えているのだ。これを、情報空間の話にすると、この経験を「素晴らしいバイオリンの演奏を聴いた」と人に伝えることができるし、過去を振り返ることができる。動物に、この演奏の存在を知らせるには、言葉を介してはできないので、実際に演奏を聴かせるしかない。

■抽象力
もう一つ、人間の特徴として、抽象力がある。人間は自分を客観的にみて抽象化できる。例えば、人間は他の人間を見たり自分を鏡で見ることで、他の人間も自分と同じように意識があり、色々思考をする自分と同類の生物であると、俯瞰できる。これにより犬を見れば、これは人間とは違う生物なのだな、と分かる。こうして、未知の領域も推測することができるのである。これが言語と組み合わさると情報空間は充実し拡大しまくる。

このように人間は言語と抽象力という特徴的な能力があるため、情報空間での営みが大きくなった生物であると言える。物理空間付近だけで生きている他の動物との違いである。

お馴染みの中国古典「韓非子」は、秦の始皇帝に「これ を書いた者に会えたら死んでもいい」とまで言われたようだが、こんなコンテンツに触れてみたいし、創りたい。コンテンツって言っても別に、マンガ・アニメ、小説、映画とか分かりやすいコンテンツにとどまらず、自己表現という意味ではダンスでもビジネスでもNPOでも、演説でも何でもいい。

実際、普段でもこれ書いた人(作った人)ってどんな人なんだろう。すげー、と思う、メールとか文章とかPPTとか小説はある。結構些細なものでもそう感じることがある。村上春樹なんか特にそう思ったけ。(でも結構ブサイクで、しかもyoutubeにあった演説みたいの聞いて萎えた。)いずれにせよそういうコンテンツを創りたい。

普段接する大半のコンテンツについてはそんなことを全く感じさせてくれない。結局いいコンテンツって人間が分からない宇宙とか生命とか人生とかその極限まで突き詰めていこうという意思がないとできない。何を創るにもそこの分からない部分に対してどう想定してるかを明確にしているコンテンツは、受け手に何かを感じさせるものだ。

ワールドカップが盛り上がっているが、ワールドカップにしろオリンピックにしろ「これからも国という単位が明確に存在し続けます」宣言である。こんだけの世界中のお祭なんだから意義を再考したほうがいい。我々世代の人間、というか私は何を目指すべきか、考えてみよう。

小室直樹氏は敗戦で非常にショックを受けて日本が二度と戦争に負けない強い国になるべくあらゆる学問を学んだ。私にはそのような自分を突き動かすほどの刺激はない。それに、今、日本を最強にするというのは時代には合わない。今の時代なら、日本の国民の生活向上するには、世界の問題を解決しなくてはいけないからだ。しかも戦争などあからさまな危機があるわけではないので意識しずらい。

今の時代、特に日本人にとって、戦争というのは意識しずらい。ただ、国同士が争っているのはメディアなどで理解しやすい。しかし、世の中は徐々に良くなっていると思う。今目指すべきは、世界の統一である。各国はそれぞれ国内問題を抱えており、その解決のために外国に対して少しでも有利になるため、少しでも譲歩を引き出すために取り組む。中国が尖閣問題突きつけてくるのも国民意識形成したり、日本から譲歩引き出したいだけだ。こういう争いは、無駄である。もっと透明性高くすれば、状況はよくなる。

私の根本の考えは性悪説+若干の性善説であるが、性悪説の世界では情報の非対称性が問題となる。支配層ができるだけ被支配層を搾取しようとするからである。その場合、インターネットや技術の発展であらゆることが報道され、情報が透明化されており、国家機密までも表に出るようになっている。こういう状況は、世界から隠し事が減っていき、搾取する側とされる側の格差が解消される。そして、世界は1つになっていく。

世界が地球連邦みたいになっても、やっぱり地域ごとの争いは残るだろう。中国みたいにでっかく大まかにまとめあげていたらダメでアメリカみたいに地域ごとに(州ごと)独立採算でやらないとダメ。

ドワンゴの川上会長は世界がどんどん論理で動くようになっていると危惧している。例えば、オバマ大統領がいきなり公地公民制にすると言ったら、法治主義やメディア、デモなどあらゆる方法により論理が優先され、実施されない。全てが論理で動くようになる。みんなが論理的に納得出来ないと意思決定及び実行はなされない。ここでは、何事も論理で決まってしまうことを悲観しているのだが、こういう論理で世界をより良くしていくことが今できる最善のことだ。中途半端な論理は害であるが、熟考された論理は自体を改善するはずだ。それが地球連邦的形式か、思想や行動様式で分けた形か、原始的な生活へ回帰すべきか、どんな形になるか分からないが、論理的にあらゆる角度から進めていけば、統一の方向に向かうのは間違いない。

そこで自分は何ができるかというと、論理の基本となる法を駆使して世界の発展を推し進めたい。自然科学や数学では、何かの結論を導くときには100%の真実の客観的な事実を根拠にしなければならない宿命にある。しかしたとえば国際法で何か決めたり刑事裁判で有罪判決を出すにしてもそれは100%の絶対的真実に基いてなされるものではない。法学は自然界の現象ではなく、人間の行為を対象にするものだから、人間がそうだろうと思える程度の真実こそが重要なのである。そこには論理が重要。

法を実践する中心的な裁判でもそのような100%の真実を明らかにするよりは争っているお互いの人間が納得することこそ重要。そうすると法的な結論を出すときに公正な手続きに沿ってお互いの意見や言い分を十分に主張させること自体が重要になってくる。真実が何かというよりもむしろ両当事者の言い分を聞いて判断するという手法を身につけることが重要。こういう力を養い世界の発展に寄与しよう。

ちなみに世界を統一の思想や社会制度でまとめあげるというような野暮なことを言っているわけではない。世界には東洋思想、西洋思想などいろんな考え方があり、尊重すべきものがあるし、尊重すべきでも変えたほうがいいものもある。そういうことをしっかり考えて周りを納得させて改善していく営みが必要なのである。無視したり放置すべきことが最善の場合もある。 日本は世界で自分でルールを定めて社会を作っていく、ということが下手だ。この道を開くことは自分にとって大義になりうる。

レアジョブについて以前書いたことがあるが、私はレアジョブには期待している。というのも、一見フィリピン人のオンライン英会話に見えるが、会社のビジョンはサービスのプラットフォームになること、世界の需給を結びつけるクラウドソーシングを目指しているように見受けられるからだ。これは2007年の創業時代から。

そのレアジョブがアプリを出したようだ。Chattyというスタンプ英会話(http://chatty-r.com/)である。これは、LINEのチャットを英語でフィリピン講師と24時間いつでもできるというものだ。いろんなバックグラウンドの講師とコミュニケーションできる。10分間は無料で、時間延長や個人指名とかで課金するみたい。(多分)正直、誰でも思いつきそうだが、実際リリースしたのは素晴らしい。まあフィリピン講師多く抱えているレアジョブだからできるのだけど。

このアプリの魅力は、やっぱりアプリの裏側に本物の人がいることだ。チャット相手はフィリピンにいるフィリピン人だから。今売れているアプリでこういう風に裏に人がいるサービスってないと思う。ゲームの同時接続しているユーザーはこれに含まれない。だって個性あるインタラクティブないから。

数少ない、裏側に本物の人がいるのは、ask.fmだ。(http://ask.fm/)これも、ずば抜けて面白いことはないんだけど、インターネット上の広場という感覚をもっとも良く表現している。広場にいけば人が活動しているという感じ。Twitterは、会話の流れが分かりにくいから雑音が多すぎる。ask.fmは一個一個で内容がいちおう完結しているから、それらがタイムラインで流れると、意味を取れるものがごった返していて広場感が出る。

このレアジョブの新アプリChattyは、如何に裏にいる人間の人間らしさを表に出すかがキーになるだろう。正直、このままでは厳しいので、リーンにスタートし予想もしていない遊び方とかが発見するしかない。一個提案するなら、待機中の講師陣に全員でチャット会話させてそれを流しとくのは面白いかも。

スタンプ英会話|Chatty 英語チャットで無料で学べる英会話
By RareJob Inc.
https://itunes.apple.com/au/app/sutanpu-ying-hui-hua-chatty/id880046986 

学生の時に爆笑問題の太田が薦めてたので読んだ「ライ麦畑でつかまえて」であるが、今また読むと以前より面白かった。というか前に読んだ記憶がほぼなかったので当時何にも鑑賞していなかったことが発覚した。やっぱりこういう主人公が心のなかで人を描写したり社会批判するパターンって面白い。まあいろんな感想があるのが小説なのであり、ひとごとで作者はこういうことを言いたかったなど野暮なことをいうのはやめるべきで、音楽のように時間の流れを含めて読むエンターテイメントなのである。

以前、ドワンゴの川上会長の話、「良いコンテンツとは分かりそうで分からないものである」というのをこのブログで紹介したが、結局良い小説もそういうもので、何かすっきりしなくて、テーマというのが明快に言えないけど、何かが頭の中にはっきりと形があり言語化できないような感じ。

ちなみに、個人的に面白かった部分は、あのホールデンの頭を撫でたゲイ疑惑の先生が、ホールデンみたいな人間が高貴な死を望むと指摘したが、それは実は全く的外れだったこと。ホールデンはもっと世界に希望を持っているというところ。どうしようもない友人を批判したりしているが最後は懐かしいと言っているように、結局人生とはそういうマイナスとプラスの葛藤そのものであることを私は感じた。そして、ホールデンもそれを認めたようだし、著者も長生きしている。もちろんこれが本書のテーマというつもりはさらさらなく、あくまで今回感じたのはそれだったし、次回読んだ時どう思うかは分からない。

(1)街場の中国カップルの男の絡みがやらしい(両方共の場合あり)
(2)カップル二人の距離感で日本人か中国人かすぐわかる
(3)日本人でも中国人と付き合っていると街場でやらしくなる

この疑問にマネジメント層は常に最高の回答を用意しておく必要がある。一般の社員の人は、仕事をしていて「お願いします」や「遠慮してください」などと言われることはあるだろうが、それはつまり、「やれ」ということなの或いは「するな」という意味なのか。本当に自主的な行動を求めれれているのか、そのとおりにしなかった場合には何らかの制裁を受けるようなルールがあるのか。と思ったことはないだろうか?そういう疑問を末端社員は持つべきだ。だが、マネジメント層はそういう疑問を持たせないように努力する。

今日は、組織においてマネジメント層の役割を説明しよう。行政組織でも民間企業でもそうだが、マネジメントの目的は、目標を達成するために組織の人間にできるだけ働いてもらうことだ。分かりやすいように小さな民間企業を例にすると、組織としては社長→取締役→部長・中間管理職→末端社員となる。(ちなみに社長→取締役というのはコーポレート・ガバナンス意識が薄い日本特有)上から下にいくについて、仕事内容が抽象的から具体的になり、その作業内容が明確になり定義しやすくなる。さらに範囲も固定される。それぞれの使命、というかやるべきことをみてみよう。

(1)社長と取締役
彼らは、会社の組織の仕組みを設計する。例えば、オンラインの英会話学校を作るなら、社長はフィリピンに拠点を構え、サービスクオリティの目標を定め、社員を雇う。同じようにそれに必要な財務や人事の管理部にも目標を設置して人にやってもらう。マーケティングや営業も同じだ。明確なビジョンと各部門の目標、評価方法を打ち出して、社員に「協力」してもらうのだ。社長は抽象的に、取締役はより具体的に設計に関わる。仕組みを作ることが求められるのでやろうと思えば仕事量は無限大。

(2)部長・中間管理職
彼らは社長と取締役が定めた目標を達成するためにその部門の範囲で仕組みを作り、改善していく。必要があれば、部門を超えて提案したり行動することも求められる。ただし、基本的な仕事の範囲は部門に限定されているので、その広がりは取締役には及ばないが、仕組みを作ることが求められるのでやろうと思えば仕事量は無限大。

(3)末端社員
部長・中間管理職の決めた仕組みを具体的に作ったり、その仕組みにそって働く人。仕事内容はかなり明確に固定されている。究極的にはカフェのレジ、ウェイターとかだ。あなたはお客さんが来たらレジで会計やって、また、飲み物作って運んでください。会計ではミスがあったり、お客さんからクレームあったら責任とってもらいます、みたいに明確なルールを決めておく。この仕事の対価としてこの給料、と決まっている。なので範囲外の仕事は依頼できない。

かなり単純化すると、組織とはこういうものだ。この組織のマネジメントで最重要なのは2つ。良い仕組みを作ること。社員が効率的に費用対効果大でアウトプットを出せる仕組みをつくること。また、モチベーションを保たせるためおもしろさを見いだせる仕事の設計も必要。そしてもう一つは、モチベーションを与えて、必要以上に働いてもらってアウトプットを増やす。

よい仕組みを作ることは、その事業内容と状況によってまちまちである。ここでは如何にモチベーションを上げるかについて考えたい。上述の三者の仕事上でのアウトプットを左右するモチベーションは何なのか。何故その仕事をするか、という根拠は何か。以下の表を見てみよう。
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給与と上場益はわかるだろう。社会的地位とは、社長とか取締役は凄いというイメージ、それに加えて会社のブランドも含まれる。達成感・やりがいは、オレやったったというあのやり遂げた感。あまりコンビニのバイトでは感じにくいが、自分でサービス設計して新聞にでも載れば高揚感は凄いだろう。忠誠心は、親に対して無条件で何でもしてあげるみたいな、見返りをもとめず行動する源泉である。契約履行とは、これやらないと解雇とかそれにつながる評価など制裁があるということ。

組織は、組織全員で1つのアウトプットを出すのである。上記の三者で普通、1,2,3の順で人数が多くなる。例えば社長1人、取締役3人、部長4人、中間管理職15人、末端社員100人とか。こう考えると組織は末端社員など下の層の頑張りが最重要である。社長と取締役の4人がそれぞれ10のアウトプットを出しても、40だが、100人の末端社員が2出せば200で、これが5になれば500だ。モチベーションは誰が高めるかと言えば、それは社長と取締役がやるべきだろう。なぜなら部長・中間管理職、末端社員はいくら頑張ってもそれに見合ったリターンが必ずしもついてこないから。

以上のようにマネジメントの基本は、仕組み作りとモチベーションを高めることにある。競争が激化する今の時代、成功したいならそのためにマネジメント層は死ぬ気で取り組まなければならない。

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