記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

カテゴリ: ビジネス・経済

切り落とされたいまここ VS ビッグデータ について述べたい。これは昨日、ビッグデータをもとに「社会の誰もが幸せな実存を持てる」社会を作るということに対する反論になっている。

われわれには自由意志がある。
(ないというクソ野郎はもう一度しっかり考えてみよう)

社会はわれわれにある前提を与えるだけ。その前提を前に何を選ぶかはあなた次第。

道端で札束の入った財布が落ちていたとしよう。周りには誰もいない。あなたはどうする?

こう聞かれれば、近くの交番などに届ける、と答えるだろう。

しかし、実際にリアルな体験としてさまざまな状況の中(=ある前提の下)この財布に出会ったらどうするだろうか?

仕事を失い新しい職が見つからず2ヶ月収入がないとき。
安定した仕事について300万円のボーナスが出たとき。
上司に怒られてイライラしているとき。
明日の彼女とのデートが楽しみでルンルン気分のとき。
家族や周りの人との関係がうまくいってないとき。

その前提によって、同じ物理的な状況は異なるものに見えるはずだ。

さて、何が言いたいかというと、

因果関係を見つけることは非常に難しい。

例えば、私が「中国語のオンライン語学サービス」を作ろうとするとしよう。生徒のモチベーションを高めるための施策を考えるとき、そこにいろいろな想定をしなくてはならない。例えば、サービスをアプリ化したら、毎日夜にメッセージを送って中国語学習を頑張るように促す、とか。でも、それを人によってどう捉えるかは分からない。

うわ、また勉強か、いやだいやだ
ん、何か来た まいいや
おお、勉強しなきゃ
ん勉強いやだな、でも読んでみると面白い、勉強しよ

などなど。結局その施策が人に対してどのような因果関係を作るかは分からない。そこで、いわゆる行動主義的な観点が導入される。要は、この施策を打った後、実際に勉強した人を集計する。さらに、この施策の前に毎日勉強している人は除外する。すると、今回の施策で効果があった(らしい)人が残る。

そしてその人達の属性を調べる。すると、◯◯という属性の人にはこの施策が効果がある、となる。もちろん、その中には偶然勉強を始めた人もいるし、施策が効いても翌日にはやめてしまう人もいる。このようなリアルな世界を、行動主義的なあらゆる多様を捨象したデータはどれだけ役に立つのだろう。

でも、それ以外に方法はない。アメリカの国の施策だってシリコンバレーのベンチャー企業だって、このやり方を超研ぎ澄ましたような延長にある。結局、各個人が実存的にどのような前提の前でどのような自由意志で決定をしたのかは分からない。

大事なのは、それらはいくらビッグデータを細かくとっていってもずっと「仮説」である、ということ。
bd


例えば、テキストだけのビッグデータはすぐに限界に行き着く。言語化すればあらゆるありありとした「いま、ここ」の質的経験が消えてしまう。先の語学の例でいえば、生徒の時点Aの状態を把握するために、「今、IT企業の受付をやっている25歳」「◯◯出身で小学校は〜」などなどいろんなテキスト情報がある。時点Aで今の気持ちをヒアリングしても「将来に対して不安」とかまあなんでもいいが、テキストとなってしまう。
 
ハイデガーも指摘しているように、われわれのありありとした「いま、ここ」の体験は、言語化してしまうと平板化してしまう。クオリア的ありあり感が捨象される。

これがビッグデータ処理における言語の限界。

では、画像、動画、音声、匂いなどを取ればいいのか?物理学に疎いので詳しくは分からないが、これらは素粒子のダンスの波長の違いだとしよう。だとすればそういう情報をビッグデータとして集めればいいのか。仮に僕の今からのすべての体験をあらゆる形式のデータで保存していくとしよう。五感すべて。もちろん、そのときの採取のための道具のスペックに依る。ここまでのビッグデータを全人口分とっていろいろ分析すれば(とんでもない天文学的数字の情報量!処理能力もとてつもなく必要になる)かなりのパターンを見出し未来を予測できるだろう。 

だが、上述した通りあくまで人工知能が見出した因果関係は「仮説」にとどまる。理論上、人間はそれに抗う可能性を持っているということだ。

楽天(Rakuten)を馬鹿にする人間はレベルが低いやつが多い。楽天?「ああ、あの新卒でカード営業させられるとこね」「ああ、残業代もらえないブラックな企業だね」などなど楽天と聞くと偉そうに上から目線のコメント。それはネットや友達から又聞きしたような適当な情報ソース。仮に正しい情報だったとしても、それがどのような全体の一部であるのかに目が行かない。クソ野郎どもだ。


rakuten
 


近頃の学生に話を聞くと、楽天(Rakuten)は人気がない。ブラック企業だ。頭悪い。アマゾンに比べてなんだあの使い勝手の悪さは。従業員が無能そう。などなど言いたい放題だ。逆にDeNAは昔ほど人気はないが、頭のいいコンサル集団、自分で考えれる人たち、というようないいイメージがあるようだ。楽天はイエスマンの無能な兵隊ってか。


でも、その従業員の評価と組織の評価は別であるべきだ。地味な仕事でも組織の一部として全うすることは自分や組織の両方のためになる。そういう観点でも組織やその従業員をみるべきだ。


時価総額

時価総額はただの1つの指標にすぎないが、最も一般的な会社の価値の測り方だろう。楽天は組織としてはとてつもなく凄い実績を持つ。

2017年1月23日時点では、IT関連企業の時価総額ランキングは1位NTTドコモの約11兆円が最高。2位NTTで10兆、3位はソフトバンク9兆。4位KDDI8兆。5位キーエンスで5兆。ソニーは8位で4兆ちょっと。任天堂は10位で3兆ちょっと。ヤフーは13位で2.6兆。楽天は16位で1.6兆。DeNAは49位で4000億円。ミクシィは50位で3900億円程度。

日本には400万以上の企業があり、約3500社の上場企業がある。その中でこの規模の会社であることは凄いことではないか。 


ITに絞らず全体でみる。2017年2月、日本の時価総額ランキングは1位トヨタ21兆円、2位がMUFJで11兆、3位がNTTドコモで10.6兆円。楽天は85位で1.5兆円程度。

インターネットの主要企業でいうと、以下にまとまっている。2015年に楽天は時価総額2.8兆円もあったのだ。

 ffa


設立時期
設立時期はインターネット業界では非常に重要だろう。ECやポータルサイトなどインターネット黎明期にはいかに参入が早かったかが勝負の行方を決める。

ヤフージャパン  1996年1月31日 楽天  1997年2月7日 カカクコム 1997年12月 スタートトゥデイ  1998年5月21日 DeNA 1999年3月4日 ミクシィ  1999年6月3日 サイバーエージェント 1998年3月18日 グリー  2004年12月7日 リブセンス  2006年2月8日 gumi 2007年6月13日 メタップス  2007年9月3日 メルカリ  2013年2月
楽天!早い。。これは凄くて当たり前、といった論を擁護する結果となる。ヤフー、楽天とそのまま今のインターネット企業時価総額ランキングの上位2つだ。

ただ、他業種も含めれば
1997年に会社設立、今年で20周年というのは非常に若い。楽天は時価総額は2兆円前後で日本のすべての企業の中でも(マクロミクロの状況の変動に依るが)トップ30〜80位くらいにいる。他の会社はトヨタ、三菱商事、任天堂などなど100年以上の歴史があるような伝統的な企業が多い。そんな中、20年で、一代でここまで来ているのは凄い。ただ、時代に乗ったと言われたら厳しいが、伝統的な企業も芽が出たときはそんなもんだろう。

しかし、これみるとソフトバンクもそうだが要は、最初にその業界で地位を固めたら独占的に強くなれる。初期段階で、金融力を武器どんどん成長して競合を蹴散らした楽天が勝ったのが分かる。しかし、その楽天がサービス作りに弱かったのが日本人にとって不幸だった。アマゾンみたいな会社だったら、もっと使いやすいECがとっくに拡がっていたんだろう。なんか中華民国が中国大陸を支配してくれたらな、っていうのに似ている。

業界のナンバーワン
ただ、
楽天を舐めてはいけない。そもそもEC業界ナンバーワンだ。総合商社の丸紅のような中途半端で地味な存在ではない。

設立時期早くて一気に大きくなったということとも関連するが、そこにはやはり楽天の強みがある。
組織というのは、優秀な人が集まればいいってもんじゃない。イエスマンとか素朴な人がけっこういて手駒になってくれることで組織が一丸となり、全体として強くなる。全体主義的だが、それで中の個人も潤えばいい。


たしかにヤフーとの引き離され感が目立つ。ヤフーはこうした組織的な力に加えてやはりアメリカが母体なのでPDCAやちゃんとしたプロダクトを作るマネジメントができるのだろう。

結局、新しい産業ができ始まった段階で、リスク取って一気に拡大する度胸と力(主に金融力)があったのが楽天という会社じゃないだろうか。ただ、先見性があったかは分からない。三木谷はHBSに留学して帰ってきたてだったのでアメリカですでにECを体験していただろうし、パン屋をやろうかとも考えていたことから自分で社会や世界の動向を察知したという感じではない。

ただ会社を大きくするだけでは大したことないが楽天はいちおうマネジメントで全体をうまく統合している。ここは評価に値する。楽天というHBS卒業集団はM&AとKPI管理で一気に大きくなった。これだけ沢山の会社を買収し手広くやっても楽天というアイデンティティでいちおうは全体が統合しているのは凄い。

一方、楽天は普遍的な価値あるプロダクトを作る力はない。楽天から世界で使われるサービスが出て来る気はしない。でも、ビジネスというのはユーザーエクスペリエンスだけでは勝負がつかない。もちろん、論理的に考えれば、社会構造が中長期的にはリベラル方向に進むのと同じで、ユーザーエクスペリエンスにより業界は淘汰されていくだろう。ちょうどここ最近アマゾンにやられてきているようだし。

ということで、大分ざっくりな分析をした。将来性には疑問があるが、楽天(Rakuten)は凄いところももちろんある。だから、例えば就職や転職活動をしている人は単純に「クレカ営業」「ブラック残業」みたいな見下しはせず評価するところはして、考えるべきだ。上述のように凄いところもダメなところもある。例えば、M&Aで組織を大きくするとかそういう方面を学びたければこれ以上ない環境だし、普遍的なプロダクトを作りたいならアマゾンとか他にいったほうがいい。いろいろな視点からちゃんと考えるべきだ。

PS
不況にも強いようです。

 a

株式会社メタップス(以下metaps)という会社は今、日本では最も注目されているベンチャーと言っても過言ではない。早稲田大学を中退した86世代の佐藤 航陽氏が起業し、AIやビッグデータなど流行りの事業を展開している。

この分野には多くの競合もいるが、佐藤社長の「思想がある感じ」で物怖じしない発信力や経営力により意識高い系を惹きつけmetapsは他社(国内)とは一線を画しているようだ。現在の時価総額は300億円弱程度。
metaps
 
 経営顧問に、小泉純一郎内閣の経済財政政策担当大臣であった竹中 平蔵氏や、楽天株式会社で過去に最高財務責任者(CFO)を務めた高山 健氏、取締役に元スクウェア・エニックス代表取締役社長の和田 洋一氏を抱えるあたりがそのポテンシャルを伺わせる。

会社のHPを拝見すると、そこにビジョンやら戦略が書かれている。
 
Vision
世界の頭脳へ
コンピュータにあらゆるデータを学習させて、人々の最適な意思決定を支える頭脳になることを目指しています。

経営戦略
ビッグデータと人工知能(AI)の発達によってあらゆる業務の効率化と自動化が進み、私たちの生活や社会は劇的に変わりつつあります。この『知能革命』とも言える時代に、当社はデータとAIを活用して新しい経済やお金の在り方を実現していきます。

経済圏の成長
データを軸に国境と業種を超えた独自の経済圏(データノミクス)の構築をビジネスモデルとし、急成長を続けています。


採用情報
テクノロジーを駆使して革新的なサービスを世界中に提供すること。そのスタンスに共感し一緒に働いてくれる仲間を募集しています。

ビジョンが、
「コンピュータにあらゆるデータを学習させて、人々の最適な意思決定を支える頭脳になることを目指しています。」

それ実現して何になるの?とつい思ってしまう。 

現在の事業は措いておいて、長期的にはSF的な世界を目指しているのだろう。世界や人、地球の外にいたるまであらゆる情報をmetapsが収集し、コンピュータが脳としてそれを分析し、判断を下す。

例えば、こういう社会だろう。
・癌が発覚したので、ビッグデータやAIを使って、細胞や素粒子レベルで身体を解析し、他に悪い影響がでないように癌に関係する領域だけを取り除く
・地球上に存在するあらゆる素粒子を分析して、天気を予測する。「明日の東京は、18度〜23度で、15時10分〜16時23分まで雨が降ります。」などとアナウンスされ、それが100%当たる世界

こういう世界が実現したら嬉しいだろうか?

この壮大(と見える)目標に向かって切磋琢磨しているmetapsの経営陣や従業員、株主たちはスポーツ感覚で「やりがいや達成感」から幸福を抱くことはできるだろう。

でも、それ以外の人や世界にとってそれでいいのか?

人びとの「最適な意思決定」ってなんだ?

「最適」というからには、何かしらの「善悪」が想定されている。その尺度に合わせて「最適」と判断するわけであるから。では、その「善悪」についてはmetapsはどう考えているのか?

個人的にはもっと踏み込んでほしい。人工知能を研究するなら「善悪」そのもの自体を問うべきだ。そこが人類が何千年もかかって答えのでないアポリアである。哲学的にいえば、彼らは事実学しかやっておらず、意味の世界である「本質」を突いていない。

世界の誰もが善く生きたい、幸せに生きたい、と願っている。でもその幸せって何?人間とはそもそも何なの?「人間とは何か」をまず問うべきだ。もちろん、ウロボロス的に宇宙に向かったら素粒子やそれを観察する人間の研究にも繋がるだろう。しかし、ビジョンが「最適な意思決定」というのは視野が狭すぎる。

とはいえ、熱意を持って「よりよい世界」に向かっていこうという姿勢は評価できる。 

組織で何かをやるというとき、人は全体の部分にならなくてはならない。どれだけ頭が良くて緻密な計算だったり、論理的なストーリー展開ができるとか、そういうことは組織が「動く」ときには関係ない。

ある仕事を上から命令されて、それに従う理由は何があるか?ブレインストーミングしてみよう。

  • 明確にその仕事をやると言われて雇われている、約束したことなので
  • その上司に憧れている、好きなので
  • 会社の発展を望んでおり、それに繋がるから
  • 一人の人間として社会に貢献しなくてはならないから
  • 上の言うことは絶対だから
  • 上司に貸しを作りたいから
  • それは自分の仕事の範囲だと理解しているから
  • 自分の力が発揮できる良い機会だから
  • 知らないこともあるが、学べる機会だから
  • 他にできる人がいないと理解しているから
  • 昇給や昇進に繋がると思って

もしあなたが経営者であれば、従業員はどのような理由で自分の仕事をこなすのが望ましいか?

それはポジションによるだろう。

基本的に組織の中で下にいけばいくほどその仕事は明確に定義され、工場などでは一挙一動まで決められやることが決まっている。上にいけばいくほど仕事内容や範囲が決まっていなくて自分で考える必要がある。
 
ある仕事を定義して人にやらせるならその人が何をモチベーションにしているか理解しておくことが重要。 

この前に書いたマネジメントの極意の一部分だね。 

マネジメントで一番大事なことは誰でも同じ人だということを理解することだろう。
 
ビジネスを大きく広げるのも、社内をマネジメントするのも基本は同じ。相手は人だということを理解することだ。上に行けば行くほど、自分のほうが上だという意識が定着しやすい。認めたくないだろうが無意識で必ずある。マネジメントされる側はこういうことに敏感だ。

誰でも、プライドがあるし、向上心もある。それに、各自世界観は違って仕事に何を求めるかも違う。末端だからといってただの馬鹿ではない。そのひとの生のただ一つの役割に過ぎない。

仕事をする上で大切なスキルは「定義力」だろう。

組織を組成し、何かを行っていくなら、そこで地位を登っていく場合にも必要。 

何万人の組織であっても、末端の現場で作業している人の作業は誰もが理解できるような単純なこと。複雑に見えても、単純なことの組み合わせ。 GoogleでもNASAのやってることだって、そう。
 
そういう中でより大きなことをするには「定義力」が必要。下のレベルにどういう結果を求めており、どういうプロセスで、どういう期間で、どういう態度で、など具体的にどれだけ仕事を定義できるかが肝。これらは全てを細かく伝える必要はないが、仕事を作る側は自分の中で把握していないとだめ。

そうして、どんどん管理できる範囲を増やして、仕事内容を時間軸と物理的範囲上で広げていくのだ。

直観でだいたいイメージできてればよいのだ。世間の偉大な経営者といわれる人はそういう能力が自然と備わっている。天才出ないかぎり、日々努力で思考していかなければ身につかない。

世界の金持ちは自分の子供の教育に最も関心がある。

もう限りなく金のあるものは子供をスイスとかアメリカのボーディングスクール(全寮制の寄宿学校)みたいなところに通わせる。少人数制で自分で考える力を養う教育、多様な人間が集まる環境で育てば自然と現代社会で力強くいきる力が培われるだろう。

また、ただ生存能力が増すだけでなく、自分で考え自分で人生を切り開くこと自体が人間の生にとって最も「自由」「幸せ」なことなので、世界の成功者たちは要するに子供を幸せにしたい、と考えているのだ。ちなみに小金持ちの教養のないものは、前者的な「稼げて苦労しない」子供になってほしい、という勘違いした理由による。

ただ、こうしたボーディングスクールはとても一般人が子供を通わせることはできない。アメリカのボーディングスクールはだいたい授業のある期間、食費や寮費込9ヶ月で5万ドル(600万円)くらいで、スイスとなると1千万円くらいはするようだ。

例えば、超ざっくりであるがスイスのボーディングスクールなら小学校から高校まで6+3+3の12年だと1億2000万円である。

これは、ちと、パンピーには厳しすぎ。
そこで、金持ち化する中国人は日本の王道教育の早稲田や慶應に小学校から生かせる道を検討している。

小学校から慶應に行かせると、高校卒業までで、
 
(慶應)
幼稚舎(小学校)
150万 + 120万*5
中等部
135万 + 100万*2
高等学校
120万 + 90万*2
※初年度は入学金などあるので高め

全部足すと12年で1385万円くらい。たしかにボーディングスクールに比べるととっても安くみえる。これに大学の4年の400万円くらいを足しても1785万円。ただ、ボーディングスクールは食費や寮費が込なので注意。(といっても食費と寮費を月10万としても、*12ヶ月*12年で1440万円、これと1385万を足して2825万円)
こちらに慶應の学費が全部掲載されている)

こうした学費のお手軽さ(普通の人からみたらこれでも高すぎだが)を目当てに、小金持ち中国人が子供を早稲田や慶應の小学校に入れようとしている。

そこで2つ疑問が湧く。

1つ。まず、中国人はこれらに小学校から入学できるのか。早慶の小学校は入試だけでなく両親の面接やその他もろもろ人的な要素を重視するらしい。おそらく将来的に寄付金してくれるとか、学生の成長や学校のPR効果になることなど考慮しているのだろう。

慶應義塾高校や早稲田大学高等学院など入試の実力のみが問われるようなところには中国人も入っている例を聞いたことがあるが、小学校ではよくわからない。中国人はよく、安い安い、というが学費だけ払って入学できるもんではない。

2つ目の疑問は根本的で、そもそも冒頭で記したようなサバイバル能力をこうした学校で育てあげることができるのか。早慶に小学校から入ると、正直当初は本当の実力選抜でないため生徒の質が担保されない。もちろん入学できるだけの財力や人的背景があるので、特殊な環境で育ったことは担保されているが。(私は以前、早慶などの内部生について、また、学歴について考察したことがあるので、参考までに。)

大雑把にいうと、たしかに幼いころから有名な学校で一貫教育をうけていると、自信を持っているものが多い。でも、社交的とか学術的にハイレベル、教養がある、とかは一般の教育とそこまで水準は変わらないのではないか。たしかに一昔前までは慶應幼稚舎=医師、弁護士、会計士、商社、テレビ、マスコミなど各業界のエリートの人脈を持つ優位性があったが、今の日本市場が縮小し海外市場や新たな創造が求められる今は蛸壺化した教育は逆効果になる可能性もある。

そう考えると、中国人の子供を日本の早慶の小学校に行かせるという計画はあまり理にかなっているとはいえない。むしろ中国のカオスで多様性の中でいきる力を養ったほうがいいのではないか?

もちろん、金があるなら欧米のボーディングスクールがよいのはいうまでもない。さらにもっとあるなら、個人に特化した家庭教師のスペシャルチームを作ったらいい。 

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