記述の基体(がらくた)

【ブログ】日々の思ったことを徒然なるままに書いております。基本殴り書きで校正しておりません。【世界観】人は動物のように本能で現実に向き合っているのではなく、言語を通じてのシンボル体系としての世界、その世界の中の私(自我)という物語で現実にしがみついている。【取り組み】(1)現をよく存在させたい。そのためのよりよい社会や世界に向かう。(2)卓越した創作をしたい。そのためにはより多くのゲシュタルト(パターン・観念・概念)を獲得→世界でよく行動し、読書。【価値観】結局は「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」【プロフィール】東京出身のアラサーです。※著作権についてはオプトアウトに対応させていただいております。何かに共感された方はご連絡ください。 【コメント欄へのフィードバックお待ちしております。個人的な質問、反論、脅迫などはTwitterへお願いします。】

カテゴリ: ビジネス・経済

VALUという他のネットサービスとは一線を画する凄いサービスが公開された。このサービスのキャッチコピーは「あなたの価値をVALUでシェア」である。

valu
サービスを一言で言うと、株式市場に個人が上場できるみたいな感じ。個人的な第一印象(おそらく多くの人が抱いただろう)は、個人を金銭的価値に還元することへの嫌悪感。一挙一動が監視され、公然で何か話していて噛んだり滑ったら自分の株価が下がる、みたいなことを想像してしまった。ここまで行かなくとも、基本はそういうことだ。現状、ホリエモンさん、イケハヤさん、はあちゅうさんなど新しいもの好きで資本主義ラブな感じな人々中心に流行っているが、個人を金銭的な尺度でモロに測ることへの反感がこれからもっと出てきそう。

VALUの公式ツイッターに固定されているミッションは以下の通り。 

VALUは、夢や目標をどう実現していいかわからない方、金銭的な理由で実現できない方などが、継続的に支援者を募れる場所をつくりたいという思いで開発しました。発行主の情報、タイムライン、優待情報などをご確認いただき、皆様の「応援したいVALU」が見つかると幸いです。

「どう実現していいかわからない方」「金銭的な理由で実現できない方」を支援したいかは謎だが、大きな社会の流れでいえば「個人のエンパワーメント」である。

簡単にいうと、このサービスは個人が株のようなもの(VA)を発行し資金調達でき、投資家はその売買で投資家から優待サービスを受けたり、キャピタルゲインを狙える。建前的には、「継続的に応援」と響きはいいが、実態は短期や中長期に限らずキャピタルゲインが大半の理由であろう。

このVALUというサービスの概要は他のブログや公式サイトを見ていただくとして、ここでは、その影響について考えたい。一般人にはメリットないとか、インフルエンサーに金が集まるだけなど短絡的な議論が目立つが、ここではこのサービスが健全に普及した場合、VALUの発行者、VALUの購入者(投資家)、VALUの社会的な影響の三つの視点から考察したい。

(1)VALUの発行者にとっての「VALU」とは?
まず、VALUの発行者について考えよう。既にホリエモンさん、イケハヤさん、はあちゅうさんなど個人で活躍されている方々が中心に高額でそのVAが取引されている。

個人で資金調達して何ができるのか
VALUのミッションは個人の資金調達「頑張る個人を応援できるプラットフォーム」であるが、個人がお金を集めてどうするのか?

そこが(まだ)曖昧なのだ。個人でできることは限られている。イケハヤさんのような個人ベースで何人か雇ったりしている人や、youtuberのような個人技だと使い道が分かりやすい。既に有名であるか、或いはしっかりしたビジョンを提示できる人なら、すぐにお金を集めることができるだろう。銀行いったり、会社作ったり投資家周りしなくてもいいし、さらに返済義務もない。(後述するが、必然的に頑張らなければいけなくなるのではあるが)

でも、ある程度の規模のことをやろうとすると組織を作らなければいけないわけで、VALUで集めたお金を資本金に株式会社を作ることになるだろう。そうなると、どうなるか。イケハヤさんが1000万円VALUで調達し、会社を作って事業をする。会社を作ったなら企業価値を高めることになる。イケハヤさんはこの会社以外にもいろんな活動をしているわけでVA=企業の価値ではない。でも、会社がうまくいけば株価も上がるし(上場、非上場に限らず)VAも上がるだろう。なのでまぁそんなに問題はないのかもしれない。(このあたりは利益相反になるとか、詳しい人に聞いてみたいところだ)

資金調達して得た金は自由に使えるか?
ここで、一つの疑問が出る。

資金調達したお金を、遊んだり生活費にして使い切ってしまうのではないか?

お金の使い道の公開義務はない。イケハヤさんは既に楽に1000万円ほど資金調達したが、それをどう使おうが法的には問題ない。

その問題は、投資家の態度に委ねられるだろう。評判=株価(VA)なので、定期的に情報開示(どうやって金を使っているかや今後の活動方針)をしろという圧力をかければ済む話だ。企業の場合は、公開企業であればIRをしてこれからどんな事業をするかを伝え、その結果を定期的に情報共有していく。

VA発行者も同じようなことが求められ、やらない場合は非難を浴びVAは売られ価値が下がる。これは発行者は避けたい。価値がさがると新たにVA発行時には低価格でしか発行できなくなるし、一番きついのは自分の価値が「誰にでも分かる形で」下がることだ。それ故、必然的に投資家と歩調を合わせることになるだろう。発行者がどれだけ頑張るかは「投資家」の日々の厳しい目にかかっている。これは株式市場と同じ。

これについてもう少し掘り下げたい。 自分の価値が客観的な数字で表されることについて、実存的な視点でみるとどうか?要は主観的な生、の観点。これはかなりしんどいと思う。既にメディアに広く出ている人はネットの掲示板など影でこそこそ言われており、ある程度の慣れはあるかもしれないが、それが一つの「超客観的な数字」に集約されてしまうのだ。2ちゃんねるなどは見ないようにすることはできるが、VALUの数字はそうはいかないだろう。

ちょっとした失敗で、株価が下がり変な根拠のない噂で暴落することもありえる。事実誤認などでの株価の動きは心臓に悪そう。逆に、正しく評価され数字でもそれが反映されたら承認された感は強いだろう。他人からの目も気になるはず。友達と会っても「今日株価悪いね〜」とかいう話題になるのだろうか。VA発行するならそのようなことを承知の上で行う必要がある。

 
(2)VALUの購入者(投資家)にとっての「VALU」とは?
VALUの購入者にとってはどうだろうか?これは前述の通り、以下の三つだ。

  1. 好きな人を応援できる
  2. 優待サービスを受けられる
  3. キャピタルゲインを狙える
ひとつずつ見ていこう。

1,ホリエモンが好きなら、投資すればホリエモンは喜ぶ。或いは全然知らない人でもその活動方針やプロフィールを見て共感し投資してもいい。厳密に言うと、発行者が自身のVAを売るときには、彼らにお金が届くが、流通市場で売買しても彼らに金銭的な増減はない。ただ、長期保有する場合は、株価の下支えとなり彼らに貢献できる。

2,優待サービスは普通の株式と同じだ。ホリエモンの株(VA)を持てばそこでしか手に入らないホリエモンからの情報をゲットできたりする。意外とこれ狙いの人もいるかもしれないが、個人的には次のキャピタルゲインがメインだと思う。

3,そして一番大きいのがキャピタルゲイン。買った価格より高値で売れば差額が利益となる。まだ売れてないときに投資していれば、彼/彼女が成功したときに大きなキャピタルゲインを得ることができる。株式市場と同じで市場価格はその発行者(企業)に直接関係するニュースだけでなく間接的な情報も含め上下する。ホリエモンに投資していて、「日本政府がロケット事業への助成金を決めた」などのニュースが出れば一時的にホリエモンのVAは上がるだろう。(ホリエモンは宇宙事業をやっている)

所有権と議決権がないから、VA発行者のやりたい放題!?
さて、VALUが株式と違う最も大きな点は、それが所有権や議決権やを含まないということだ(あと配当も)。株式会社であればその所有者は株主である。VALUの場合、発行者を所有はできないししたくもないだろう。それにその人の方針に口出しできる議決権もない。だから、発行者のやりたい放題。

でも、実際にはそうならないだろう。ある程度の知名度を持ったら、公的に責任を負うことになる。なぜなら、(1)で書いた通り、その人の価値が客観的数字となり世界に公開される。下手なことをすれば価値が下がり、誰も相手をしてくれなくなる。

企業であれば、それが経営者、従業員、株主など誰の責任で潰れたのかは議論の余地があるが、個人の場合はその人が100%。自分であることはやめれない。自分が上場すると、あらゆる言動が監視されることになる。(もちろん、VALUの現状ではインフラとして普及していないのでそんなことにはならないが、これが証券取引所に上場されているような株のような流動性を持ち一般の人にも普及すればそうなる)

上場している個人が死んだらどうなるか
余談であるが、投資した株の個人が死んでしまったらどうなるのか?会社はgoing concernとして基本的には永久に存続する想定だが、個人はいつか死んでしまう。が、これは問題ない。むしろこれが醍醐味となるかもしれない。死んだら新規に株式発行はないだろうが流通市場は残る。例えば、最近田中角栄の本が売れたが、すると田中角栄株が値上がりする。こうして、過去の偉人は永久に歴史に残るのである。

(3)社会にとっての「VALU」とは?

最後に、「VALU」の社会的な影響について考えたい。

一般人への影響:人を数字的価値に還元して判断するようになる
まず、よくネット上で聞かれるのは「一般人には何の影響もない」というもの。これは違う。個人が上場されるようになれば、当該の個人を「客観的な価値指標」で簡単に価値判断できるようになる(ここに人格を価値化することに対する批判が出るだろうが)。初めて会った人、知った人でもその人のVA(株価)を見れば、「時価総額10億円、すげ〜」と市場で揉まれた客観的な数字で分かる。こうなると、上場していない一般人も自分や周囲の身近な人達を「数字的な価値」で見る習慣が身につくかもしれない。これはあまり望ましくないように感じる。

経済活動の主な担い手が企業から個人へ
次に、これまでは、企業が上場し資金調達し社会的に責任を担いつつ、大規模な事業に取り組んでいた。これが個人に分散されていく可能性がある。VALUを提供している企業がどのようなビジョンを持っているのかは分からない。ビジョンの通り一部の「個人的に資金調達したい人」向けという軸は強いのだろうか?或いは、いずれは全ての人間が上場されるような極端な展開も視野に入れているのだろうか。

企業(法人)の世界を見てみると、日本には約400万の企業(個人事業主含む)がありそのうち約4000社(日本の全ての証券取引所)が上場している。ざっくり0.1%だ。ごくわずかの企業しか上場していないのだ。上場している企業は社会的な責任を明確に負っているが大半の企業は情報開示もしていない。(ちなみに個人で考えると、日本の人口を1億2700万人として0.1%は12万7000人くらい)

個人の上場が普及するには、社会が、個人が中心となり経済活動等が進むという在り方になる必要がある。上述の通り、ブロガーやyoutuberなど個人中心であればそれでいいが、現状の経済活動の主流は法人だ。企業が上場するというのは、大規模にビジネスするためだ。もちろん透明性高めた組織づくりとか、知名度高めて従業員のためになるなど細かな目的もあるが、主には事業拡大である。「資金調達=大きなことするため=多くの人で取り組む」である以上、法人というやり方が望ましい。なので企業がブロックチェーン技術使ってトークンを発行する仕組みは欧米で既に大規模調達の結果が出ている。

上場した個人が集まりチームを組んで、資金調達し頑張るということも考えられなくはない。従業員まで上場していて、上場銘柄の集まりの投資信託みたいになってしまう。そうなると世界やわれわれ個人の生き方も大部変わるだろう。そこまで進むとどうなるのだろう。時間をとって別途考えみたい。

ツイッターなどと同じように、こういうインフラ系のサービスは今後どのように使われるかは未知数である。この社会的な影響については何か小説みたいので描くのが一番分かりやすそう。そういうのがあると一つの道筋としてVALUのようなサービスの展開が加速するかもしれない。 

以上、VALUが健全に育った場合、発行者、投資家と社会にどのような影響があるかについてざっくり書いた。

切り落とされたいまここ VS ビッグデータ について述べたい。これは昨日、ビッグデータをもとに「社会の誰もが幸せな実存を持てる」社会を作るということに対する反論になっている。

われわれには自由意志がある。
(ないというクソ野郎はもう一度しっかり考えてみよう)

社会はわれわれにある前提を与えるだけ。その前提を前に何を選ぶかはあなた次第。

道端で札束の入った財布が落ちていたとしよう。周りには誰もいない。あなたはどうする?

こう聞かれれば、近くの交番などに届ける、と答えるだろう。

しかし、実際にリアルな体験としてさまざまな状況の中(=ある前提の下)この財布に出会ったらどうするだろうか?

仕事を失い新しい職が見つからず2ヶ月収入がないとき。
安定した仕事について300万円のボーナスが出たとき。
上司に怒られてイライラしているとき。
明日の彼女とのデートが楽しみでルンルン気分のとき。
家族や周りの人との関係がうまくいってないとき。

その前提によって、同じ物理的な状況は異なるものに見えるはずだ。

さて、何が言いたいかというと、

因果関係を見つけることは非常に難しい。

例えば、私が「中国語のオンライン語学サービス」を作ろうとするとしよう。生徒のモチベーションを高めるための施策を考えるとき、そこにいろいろな想定をしなくてはならない。例えば、サービスをアプリ化したら、毎日夜にメッセージを送って中国語学習を頑張るように促す、とか。でも、それを人によってどう捉えるかは分からない。

うわ、また勉強か、いやだいやだ
ん、何か来た まいいや
おお、勉強しなきゃ
ん勉強いやだな、でも読んでみると面白い、勉強しよ

などなど。結局その施策が人に対してどのような因果関係を作るかは分からない。そこで、いわゆる行動主義的な観点が導入される。要は、この施策を打った後、実際に勉強した人を集計する。さらに、この施策の前に毎日勉強している人は除外する。すると、今回の施策で効果があった(らしい)人が残る。

そしてその人達の属性を調べる。すると、◯◯という属性の人にはこの施策が効果がある、となる。もちろん、その中には偶然勉強を始めた人もいるし、施策が効いても翌日にはやめてしまう人もいる。このようなリアルな世界を、行動主義的なあらゆる多様を捨象したデータはどれだけ役に立つのだろう。

でも、それ以外に方法はない。アメリカの国の施策だってシリコンバレーのベンチャー企業だって、このやり方を超研ぎ澄ましたような延長にある。結局、各個人が実存的にどのような前提の前でどのような自由意志で決定をしたのかは分からない。

大事なのは、それらはいくらビッグデータを細かくとっていってもずっと「仮説」である、ということ。
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例えば、テキストだけのビッグデータはすぐに限界に行き着く。言語化すればあらゆるありありとした「いま、ここ」の質的経験が消えてしまう。先の語学の例でいえば、生徒の時点Aの状態を把握するために、「今、IT企業の受付をやっている25歳」「◯◯出身で小学校は〜」などなどいろんなテキスト情報がある。時点Aで今の気持ちをヒアリングしても「将来に対して不安」とかまあなんでもいいが、テキストとなってしまう。
 
ハイデガーも指摘しているように、われわれのありありとした「いま、ここ」の体験は、言語化してしまうと平板化してしまう。クオリア的ありあり感が捨象される。

これがビッグデータ処理における言語の限界。

では、画像、動画、音声、匂いなどを取ればいいのか?物理学に疎いので詳しくは分からないが、これらは素粒子のダンスの波長の違いだとしよう。だとすればそういう情報をビッグデータとして集めればいいのか。仮に僕の今からのすべての体験をあらゆる形式のデータで保存していくとしよう。五感すべて。もちろん、そのときの採取のための道具のスペックに依る。ここまでのビッグデータを全人口分とっていろいろ分析すれば(とんでもない天文学的数字の情報量!処理能力もとてつもなく必要になる)かなりのパターンを見出し未来を予測できるだろう。 

だが、上述した通りあくまで人工知能が見出した因果関係は「仮説」にとどまる。理論上、人間はそれに抗う可能性を持っているということだ。

楽天(Rakuten)を馬鹿にする人間はレベルが低いやつが多い。楽天?「ああ、あの新卒でカード営業させられるとこね」「ああ、残業代もらえないブラックな企業だね」などなど楽天と聞くと偉そうに上から目線のコメント。それはネットや友達から又聞きしたような適当な情報ソース。仮に正しい情報だったとしても、それがどのような全体の一部であるのかに目が行かない。クソ野郎どもだ。


rakuten
 


近頃の学生に話を聞くと、楽天(Rakuten)は人気がない。ブラック企業だ。頭悪い。アマゾンに比べてなんだあの使い勝手の悪さは。従業員が無能そう。などなど言いたい放題だ。逆にDeNAは昔ほど人気はないが、頭のいいコンサル集団、自分で考えれる人たち、というようないいイメージがあるようだ。楽天はイエスマンの無能な兵隊ってか。


でも、その従業員の評価と組織の評価は別であるべきだ。地味な仕事でも組織の一部として全うすることは自分や組織の両方のためになる。そういう観点でも組織やその従業員をみるべきだ。


時価総額

時価総額はただの1つの指標にすぎないが、最も一般的な会社の価値の測り方だろう。楽天は組織としてはとてつもなく凄い実績を持つ。

2017年1月23日時点では、IT関連企業の時価総額ランキングは1位NTTドコモの約11兆円が最高。2位NTTで10兆、3位はソフトバンク9兆。4位KDDI8兆。5位キーエンスで5兆。ソニーは8位で4兆ちょっと。任天堂は10位で3兆ちょっと。ヤフーは13位で2.6兆。楽天は16位で1.6兆。DeNAは49位で4000億円。ミクシィは50位で3900億円程度。

日本には400万以上の企業があり、約3500社の上場企業がある。その中でこの規模の会社であることは凄いことではないか。 


ITに絞らず全体でみる。2017年2月、日本の時価総額ランキングは1位トヨタ21兆円、2位がMUFJで11兆、3位がNTTドコモで10.6兆円。楽天は85位で1.5兆円程度。

インターネットの主要企業でいうと、以下にまとまっている。2015年に楽天は時価総額2.8兆円もあったのだ。

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設立時期
設立時期はインターネット業界では非常に重要だろう。ECやポータルサイトなどインターネット黎明期にはいかに参入が早かったかが勝負の行方を決める。

ヤフージャパン  1996年1月31日 楽天  1997年2月7日 カカクコム 1997年12月 スタートトゥデイ  1998年5月21日 DeNA 1999年3月4日 ミクシィ  1999年6月3日 サイバーエージェント 1998年3月18日 グリー  2004年12月7日 リブセンス  2006年2月8日 gumi 2007年6月13日 メタップス  2007年9月3日 メルカリ  2013年2月
楽天!早い。。これは凄くて当たり前、といった論を擁護する結果となる。ヤフー、楽天とそのまま今のインターネット企業時価総額ランキングの上位2つだ。

ただ、他業種も含めれば
1997年に会社設立、今年で20周年というのは非常に若い。楽天は時価総額は2兆円前後で日本のすべての企業の中でも(マクロミクロの状況の変動に依るが)トップ30〜80位くらいにいる。他の会社はトヨタ、三菱商事、任天堂などなど100年以上の歴史があるような伝統的な企業が多い。そんな中、20年で、一代でここまで来ているのは凄い。ただ、時代に乗ったと言われたら厳しいが、伝統的な企業も芽が出たときはそんなもんだろう。

しかし、これみるとソフトバンクもそうだが要は、最初にその業界で地位を固めたら独占的に強くなれる。初期段階で、金融力を武器どんどん成長して競合を蹴散らした楽天が勝ったのが分かる。しかし、その楽天がサービス作りに弱かったのが日本人にとって不幸だった。アマゾンみたいな会社だったら、もっと使いやすいECがとっくに拡がっていたんだろう。なんか中華民国が中国大陸を支配してくれたらな、っていうのに似ている。

業界のナンバーワン
ただ、
楽天を舐めてはいけない。そもそもEC業界ナンバーワンだ。総合商社の丸紅のような中途半端で地味な存在ではない。

設立時期早くて一気に大きくなったということとも関連するが、そこにはやはり楽天の強みがある。
組織というのは、優秀な人が集まればいいってもんじゃない。イエスマンとか素朴な人がけっこういて手駒になってくれることで組織が一丸となり、全体として強くなる。全体主義的だが、それで中の個人も潤えばいい。


たしかにヤフーとの引き離され感が目立つ。ヤフーはこうした組織的な力に加えてやはりアメリカが母体なのでPDCAやちゃんとしたプロダクトを作るマネジメントができるのだろう。

結局、新しい産業ができ始まった段階で、リスク取って一気に拡大する度胸と力(主に金融力)があったのが楽天という会社じゃないだろうか。ただ、先見性があったかは分からない。三木谷はHBSに留学して帰ってきたてだったのでアメリカですでにECを体験していただろうし、パン屋をやろうかとも考えていたことから自分で社会や世界の動向を察知したという感じではない。

ただ会社を大きくするだけでは大したことないが楽天はいちおうマネジメントで全体をうまく統合している。ここは評価に値する。楽天というHBS卒業集団はM&AとKPI管理で一気に大きくなった。これだけ沢山の会社を買収し手広くやっても楽天というアイデンティティでいちおうは全体が統合しているのは凄い。

一方、楽天は普遍的な価値あるプロダクトを作る力はない。楽天から世界で使われるサービスが出て来る気はしない。でも、ビジネスというのはユーザーエクスペリエンスだけでは勝負がつかない。もちろん、論理的に考えれば、社会構造が中長期的にはリベラル方向に進むのと同じで、ユーザーエクスペリエンスにより業界は淘汰されていくだろう。ちょうどここ最近アマゾンにやられてきているようだし。

ということで、大分ざっくりな分析をした。将来性には疑問があるが、楽天(Rakuten)は凄いところももちろんある。だから、例えば就職や転職活動をしている人は単純に「クレカ営業」「ブラック残業」みたいな見下しはせず評価するところはして、考えるべきだ。上述のように凄いところもダメなところもある。例えば、M&Aで組織を大きくするとかそういう方面を学びたければこれ以上ない環境だし、普遍的なプロダクトを作りたいならアマゾンとか他にいったほうがいい。いろいろな視点からちゃんと考えるべきだ。

PS
不況にも強いようです。

 a

株式会社メタップス(以下metaps)という会社は今、日本では最も注目されているベンチャーと言っても過言ではない。早稲田大学を中退した86世代の佐藤 航陽氏が起業し、AIやビッグデータなど流行りの事業を展開している。

この分野には多くの競合もいるが、佐藤社長の「思想がある感じ」で物怖じしない発信力や経営力により意識高い系を惹きつけmetapsは他社(国内)とは一線を画しているようだ。現在の時価総額は300億円弱程度。
metaps
 
 経営顧問に、小泉純一郎内閣の経済財政政策担当大臣であった竹中 平蔵氏や、楽天株式会社で過去に最高財務責任者(CFO)を務めた高山 健氏、取締役に元スクウェア・エニックス代表取締役社長の和田 洋一氏を抱えるあたりがそのポテンシャルを伺わせる。

会社のHPを拝見すると、そこにビジョンやら戦略が書かれている。
 
Vision
世界の頭脳へ
コンピュータにあらゆるデータを学習させて、人々の最適な意思決定を支える頭脳になることを目指しています。

経営戦略
ビッグデータと人工知能(AI)の発達によってあらゆる業務の効率化と自動化が進み、私たちの生活や社会は劇的に変わりつつあります。この『知能革命』とも言える時代に、当社はデータとAIを活用して新しい経済やお金の在り方を実現していきます。

経済圏の成長
データを軸に国境と業種を超えた独自の経済圏(データノミクス)の構築をビジネスモデルとし、急成長を続けています。


採用情報
テクノロジーを駆使して革新的なサービスを世界中に提供すること。そのスタンスに共感し一緒に働いてくれる仲間を募集しています。

ビジョンが、
「コンピュータにあらゆるデータを学習させて、人々の最適な意思決定を支える頭脳になることを目指しています。」

それ実現して何になるの?とつい思ってしまう。 

現在の事業は措いておいて、長期的にはSF的な世界を目指しているのだろう。世界や人、地球の外にいたるまであらゆる情報をmetapsが収集し、コンピュータが脳としてそれを分析し、判断を下す。

例えば、こういう社会だろう。
・癌が発覚したので、ビッグデータやAIを使って、細胞や素粒子レベルで身体を解析し、他に悪い影響がでないように癌に関係する領域だけを取り除く
・地球上に存在するあらゆる素粒子を分析して、天気を予測する。「明日の東京は、18度〜23度で、15時10分〜16時23分まで雨が降ります。」などとアナウンスされ、それが100%当たる世界

こういう世界が実現したら嬉しいだろうか?

この壮大(と見える)目標に向かって切磋琢磨しているmetapsの経営陣や従業員、株主たちはスポーツ感覚で「やりがいや達成感」から幸福を抱くことはできるだろう。

でも、それ以外の人や世界にとってそれでいいのか?

人びとの「最適な意思決定」ってなんだ?

「最適」というからには、何かしらの「善悪」が想定されている。その尺度に合わせて「最適」と判断するわけであるから。では、その「善悪」についてはmetapsはどう考えているのか?

個人的にはもっと踏み込んでほしい。人工知能を研究するなら「善悪」そのもの自体を問うべきだ。そこが人類が何千年もかかって答えのでないアポリアである。哲学的にいえば、彼らは事実学しかやっておらず、意味の世界である「本質」を突いていない。

世界の誰もが善く生きたい、幸せに生きたい、と願っている。でもその幸せって何?人間とはそもそも何なの?「人間とは何か」をまず問うべきだ。もちろん、ウロボロス的に宇宙に向かったら素粒子やそれを観察する人間の研究にも繋がるだろう。しかし、ビジョンが「最適な意思決定」というのは視野が狭すぎる。

とはいえ、熱意を持って「よりよい世界」に向かっていこうという姿勢は評価できる。 

組織で何かをやるというとき、人は全体の部分にならなくてはならない。どれだけ頭が良くて緻密な計算だったり、論理的なストーリー展開ができるとか、そういうことは組織が「動く」ときには関係ない。

ある仕事を上から命令されて、それに従う理由は何があるか?ブレインストーミングしてみよう。

  • 明確にその仕事をやると言われて雇われている、約束したことなので
  • その上司に憧れている、好きなので
  • 会社の発展を望んでおり、それに繋がるから
  • 一人の人間として社会に貢献しなくてはならないから
  • 上の言うことは絶対だから
  • 上司に貸しを作りたいから
  • それは自分の仕事の範囲だと理解しているから
  • 自分の力が発揮できる良い機会だから
  • 知らないこともあるが、学べる機会だから
  • 他にできる人がいないと理解しているから
  • 昇給や昇進に繋がると思って

もしあなたが経営者であれば、従業員はどのような理由で自分の仕事をこなすのが望ましいか?

それはポジションによるだろう。

基本的に組織の中で下にいけばいくほどその仕事は明確に定義され、工場などでは一挙一動まで決められやることが決まっている。上にいけばいくほど仕事内容や範囲が決まっていなくて自分で考える必要がある。
 
ある仕事を定義して人にやらせるならその人が何をモチベーションにしているか理解しておくことが重要。 

この前に書いたマネジメントの極意の一部分だね。 

マネジメントで一番大事なことは誰でも同じ人だということを理解することだろう。
 
ビジネスを大きく広げるのも、社内をマネジメントするのも基本は同じ。相手は人だということを理解することだ。上に行けば行くほど、自分のほうが上だという意識が定着しやすい。認めたくないだろうが無意識で必ずある。マネジメントされる側はこういうことに敏感だ。

誰でも、プライドがあるし、向上心もある。それに、各自世界観は違って仕事に何を求めるかも違う。末端だからといってただの馬鹿ではない。そのひとの生のただ一つの役割に過ぎない。

仕事をする上で大切なスキルは「定義力」だろう。

組織を組成し、何かを行っていくなら、そこで地位を登っていく場合にも必要。 

何万人の組織であっても、末端の現場で作業している人の作業は誰もが理解できるような単純なこと。複雑に見えても、単純なことの組み合わせ。 GoogleでもNASAのやってることだって、そう。
 
そういう中でより大きなことをするには「定義力」が必要。下のレベルにどういう結果を求めており、どういうプロセスで、どういう期間で、どういう態度で、など具体的にどれだけ仕事を定義できるかが肝。これらは全てを細かく伝える必要はないが、仕事を作る側は自分の中で把握していないとだめ。

そうして、どんどん管理できる範囲を増やして、仕事内容を時間軸と物理的範囲上で広げていくのだ。

直観でだいたいイメージできてればよいのだ。世間の偉大な経営者といわれる人はそういう能力が自然と備わっている。天才出ないかぎり、日々努力で思考していかなければ身につかない。

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